1. 歌詞の概要
「The Writing’s on the Wall」は、OK Goが2014年にリリースした4thアルバム『Hungry Ghosts』に収録された楽曲であり、視覚的にも音楽的にも彼らの独自性が凝縮された代表作である。
このタイトルにある「The Writing’s on the Wall(壁に書かれた言葉)」という表現は、英語圏で「破滅の前触れ」「終わりの兆し」といった意味を持つ慣用句だ。本楽曲においてもそれは、終わりゆく関係の中で、互いに分かっていながらも認められない感情のもつれとして描かれる。
歌詞では「どちらかが間違っていて、どちらかが正しい。でも、たぶんどちらでもない」といった曖昧で複雑な心情が繰り返される。恋愛やパートナーシップにおいて、明確な“勝ち負け”では語れない感情の領域を浮き彫りにする、成熟した視点が特徴的だ。
その一方で、音楽は軽やかでキャッチーなシンセ・ポップをベースにしながら、切なさや退廃美も感じさせる。愛と別れの狭間に立つ人間の心の揺れを、知的かつポップに描いた一曲と言える。
2. 歌詞のバックグラウンド
「The Writing’s on the Wall」は、OK Goがセルフプロデュースを本格的に進めたアルバム『Hungry Ghosts』の中でも特に精緻に作り込まれた楽曲である。共同プロデューサーにはデイヴ・フリッドマン(The Flaming LipsやMGMTで知られる)を迎え、サウンド面ではデジタル技術を駆使した立体的で緻密なアレンジが施されている。
しかし、より本楽曲を特異な存在へと押し上げたのは、その革新的なミュージックビデオの存在である。
2014年に公開されたこの映像作品は、すべて実写の一発撮りで構成されており、遠近法や錯視(オプティカル・イリュージョン)を活用した数々の視覚トリックによって、まるで現実と仮想がねじれあうような不思議な世界が構築されている。物体が動くことで姿を現す文字、角度によって変化する色や形、それらのすべてがバンドメンバーの動きと完全に同期している。これは単なるミュージックビデオを超えた、知覚と空間の芸術作品とすら呼べる内容だった。
この映像はMTV VMAなどで多数の賞を獲得し、OK Goの芸術的立ち位置を確固たるものにした。
3. 歌詞の抜粋と和訳
“I just want to get you high tonight”
「今夜は君を幸せな気分にさせたいだけなんだ」“I just want to see some pleasure in your eyes”
「君の目に喜びの光を見たい、それだけなんだ」“But I just can’t take it, if we’re lying through our teeth”
「でもさ、もう嘘をつき続けるのは耐えられないよ」“I know it’s hard to hear, but I know that it’s clear”
「受け入れがたいのは分かってる、でも答えはもう出ているんだ」“The writing’s on the wall”
「すでに壁には答えが書かれている」
このように、相手に向ける愛情と、関係が終わることへの予感が同時に描かれており、感情の複雑さとリアリティを持った歌詞構成が印象的である。
4. 歌詞の考察
この楽曲の核にあるのは、“関係の終わりを知っていながら、それを明確に口にできないまま日々を続ける”という、非常に現代的で人間的なジレンマである。
「The writing’s on the wall」というフレーズは、ある意味では“終わりのサイン”に気づいている自分への言い訳でもあり、同時に相手にそれを知らせる静かな警告でもある。その表現の中には、直接的な非難や感情の爆発は存在しない。むしろ冷静で理性的なトーンで語られているからこそ、その中にある喪失感や虚しさが際立つ。
また、音楽的なアプローチもこの「曖昧さ」を強調している。明るいビートやシンセの軽やかさの中に、コード進行やメロディラインにはほんのりと哀愁が漂う。そのズレこそが、感情と現実の“食い違い”を表現する絶妙な方法となっている。
この曲は、恋愛の終わりや断絶だけでなく、「見えているのに見ないふりをすること」全般についての寓話とも言える。仕事や友情、社会との関係においても、すでにサインは出ているのに、それを見て見ぬふりしてしまう——その曖昧な感情の複層を、OK Goは見事にすくい上げている。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- “Somebody That I Used to Know” by Gotye ft. Kimbra
別れたあとも残る感情のねじれと痛みを、アートポップの文脈で昇華した一曲。 - “Undercover Martyn” by Two Door Cinema Club
軽快なビートに乗せた、感情の交錯を描いたインディーロック。音楽的にも親和性が高い。 - “Midnight City” by M83
シンセ・ポップの空気感の中に、感情の複雑さと都市の孤独が同居する傑作。 - “Electric Feel” by MGMT
ポップな外観と、どこか奇妙で不穏な内面性という点で、「The Writing’s on the Wall」と響き合う。 - “Digital Witness” by St. Vincent
現代社会の表層と実像を見透かすような視点が、OK Goの映像的美学とも共鳴する。
6. 「知覚」と「感情」を融合させたポップアートとして
「The Writing’s on the Wall」は、ただのポップソングでも、ただのビジュアルトリックでもない。そこには、私たちが「見ること」「感じること」「分かっていながら言えないこと」への哲学的な問いかけが潜んでいる。
視覚的には、錯覚(オプティカル・イリュージョン)を駆使した映像が「真実と幻想の境界線」を曖昧にし、聴覚的には、メロディとビートが感情の起伏をやさしく包み込む。
その両方が共鳴することで、この作品は単なるミュージックビデオを超えた、“体験するアート”となっている。
そしてなにより、この曲が伝えてくれるのは——たとえすべてが終わりに向かっていたとしても、その中には美しさがあり、見つめる価値があるということ。
「The Writing’s on the Wall」は、終わりを知る者たちへの、静かで美しいレクイエムである。
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