1. 歌詞の概要
「The Way You’d Love Her」は、マック・デマルコが2015年にリリースしたミニアルバム『Another One』の冒頭を飾る楽曲であり、彼の持ち味であるレイドバックしたサウンドと、恋愛におけるもどかしさや妄想的な想いが絶妙に交差した作品である。
タイトルにある「The Way You’d Love Her(君が彼女を愛するはずの方法)」という言葉は、明確な“今”の出来事ではなく、“もしも”の世界──つまり「彼女が君のものであったなら、君はどんな風に彼女を愛しただろう」という仮定の中で語られる。これは、現実には結ばれていない相手への恋心や憧れ、あるいは、すでに終わってしまった関係に対する回想にも取れる。
曲中の主人公は、彼女への感情を抱きながらも、現実には何もできない、あるいは“もう遅い”ことを自覚している。その心の中でだけ繰り広げられる“理想の愛し方”への渇望と後悔が、この曲全体に静かな切なさを漂わせている。
2. 歌詞のバックグラウンド
『Another One』は、デマルコがニューヨーク州ロングアイランドの自宅スタジオで、わずか数週間で全曲を書き上げた作品であり、全体的に非常にパーソナルで内省的なラブソング集となっている。とくに「The Way You’d Love Her」は、彼自身の過去の恋愛経験、あるいはその欠落に対するフィクショナルな投影としても読める。
デマルコはこの曲をアルバムの1曲目に据えることで、「恋愛の理想と現実のあいだに揺れる心情」というテーマを早々に提示している。ギターのトーンはリキッドで揺らぎがあり、どこか“夢の中”のような浮遊感を感じさせるが、そのサウンドと仮定法の歌詞がぴたりと重なり、“現実には存在しない愛の風景”を淡く描き出している。
この曲はライブでも人気が高く、デマルコの緩やかでナチュラルなステージングとともに、多くのリスナーに“叶わなかった恋”や“語られなかった気持ち”を思い起こさせている。
3. 歌詞の抜粋と和訳
以下に、代表的なリリックの一部を抜粋し、和訳とともに紹介する。
How’s it feelin’?
どんな気分だい?Runnin’ around, your head full of sounds
頭の中に鳴り響く音に囲まれて走り回ってOf a love that you lost
失ってしまった愛のことを考えながらYou never could quite see
君には見えなかったんだよねThe way that she loved
彼女がどんな風に愛してくれていたのかIf you gave her a chance
もしチャンスをあげてたらThe way you’d love her
君は、きっとこんな風に彼女を愛したはずなのに
出典:Genius – Mac DeMarco “The Way You’d Love Her”
4. 歌詞の考察
この楽曲の語り手は、明確に“当事者”とは言えない位置から語っている。君がもし彼女を本当に愛していたなら、彼女を“こんな風に”愛しただろう──という一見他人事のようなフレーズの中に、実は語り手自身の深い後悔と自責がにじんでいるのだ。
つまり、「The way you’d love her」は、語り手が相手に対して投げかけているようでありながら、実際には“かつての自分自身”への内省でもある。愛していたはずなのに、その方法を間違えた。相手の気持ちに気づかず、すれ違ってしまった。だからこそ“今ならこうできたのに”という、架空の愛し方にしがみついているのだ。
ここには、失われた愛を取り戻そうとするエネルギーはない。ただ淡く、“あの時こうしていたら”という夢のような想像が広がるだけ。それがこの曲の美しさであり、胸に刺さる理由でもある。
さらに注目すべきは、「失った相手の価値に、失ってから気づく」という普遍的な主題を、マック・デマルコらしいゆるやかでメロウな音像とともに描いていることだ。ギターのコーラス・エフェクトが浮遊感を演出し、まるで遠くから記憶を眺めているような距離感が作られている。
※歌詞引用元:Genius
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- No Other Heart by Mac DeMarco
叶わぬ恋を静かに綴った、ささやくようなラブソング。心の余白が共通点。 - Chamber of Reflection by Mac DeMarco
内面世界に沈みこむようなリフレインが、失ったものへの思慕と響き合う。 - For No One by The Beatles
別れた後も心に残り続ける愛の記憶を、淡々と描いた名曲。 - Honey by Kevin Abstract
叶わない恋の理想を夢想し続けるようなリリックが、近い感情の温度を持っている。 -
Sea of Love by Cat Power
切なくも優しい気持ちが滲む、シンプルな愛の歌。
6. “もしも”の中に住み続ける感情——仮定法のラブソング
「The Way You’d Love Her」は、実際には手に入らなかった恋、終わってしまった関係、あるいは告げられなかった愛情といった“未完の愛”を仮定の世界の中で生き続けさせる、極めて詩的な楽曲である。
マック・デマルコは、悲劇としてではなく、“しょうがなさ”と“やるせなさ”のなかで恋を語る。彼の音楽にはいつも、笑っているようで泣いているような二重の感情が流れていて、それがこの曲でも強く現れている。
“もう終わったこと”にしないために、人は心の中で何度も同じ記憶を再生し、今度こそこうできたはずなのに、と思い続ける。その“心の劇場”に流れる音楽が、まさにこの「The Way You’d Love Her」なのだ。
現実には存在しないけれど、確かに自分の中にあった愛の風景。そこにそっと寄り添ってくれる、優しくてほろ苦いマック・デマルコのラブソングである。
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