発売日: 2013年8月2日
ジャンル: オルタナティヴ・ポップ、アート・ロック、コンセプト・アルバム、パワーポップ
概要
『The Valentine LP』は、Wheatus(ウィータス) が2013年にリリースした4作目のフルアルバムであり、
その名の通り「愛」と「破滅」、「ロマンス」と「終末」を交差させた、バンド史上もっとも野心的かつストーリードリブンなコンセプト・アルバムである。
“ヴァレンタイン”というタイトルが示すように、本作は単なる恋愛ソング集ではない。
むしろ、ポップソングという形式に潜む狂気、妄想、神話性を暴き出すような実験的かつ挑戦的な作品となっている。
アルバム全体が一人の青年の恋と終末思想が暴走してゆく様子を描いたミニ・ロックオペラとして構成されており、
過去作よりもサウンドは重く、時に不穏で、しかし一貫して耽美的なメロディセンスと語りの妙が光る。
ブレンダン・ブラウンは、これを「地球最後のヴァレンタインに捧げるセラピー音楽」と語っており、
ポップとパラノイアが同居する、非常に個性的かつシリアスなWheatusの新境地を刻んでいる。
全曲レビュー
1. The Fall In Love
「すべてはここから始まった」という冒頭の一節からスタートする物語の序章。
淡いアコースティックとシンセによって、無垢な恋の始まりと、その先にある破滅の予兆が静かに語られる。
メロディは優しいが、どこか“信用できない語り手”の不穏さがにじむ。
2. Break It Don’t Buy It (Valentine Ver.)
過去作の楽曲の再演ながら、より攻撃的でパンクなアレンジに変貌。
“壊すだけ壊して、責任は取らない”というテーマが、物語の中で**“愛の始まりに潜む自己中心性”**として機能する。
3. Mary Mary Sea Serpent
タイトルの通り、“メアリー”という恋人が海蛇のように姿を変えていく幻想的な曲。
中世バラッド風の語りと、現代のエレクトロ・ビートが交差する実験作。
メロディは美しく、歌詞は詩的かつ神話的。
4. Only You (Valentine Ver.)
かつての静かなラブソングが、オーケストラを思わせる壮大なバラードへと変貌。
このアレンジによって、“恋愛は信仰である”というテーマが浮き彫りに。
祈りにも似たサビのリフレインが心に残る。
5. Tipsy
アルバム中もっとも明るく、パーティーソング的に機能するポップロック。
しかし歌詞は酔った勢いでの暴走、失言、嫉妬などを描き、破滅への加速が始まる兆しをはらんでいる。
「全部酒のせいだ」と歌いながら、真意はまったく別の場所にある。
6. Valentine
タイトル曲にして、アルバムの核。
“あなたのために世界を終わらせたい”という究極の愛と狂気が交錯する名曲。
ミドルテンポのギターと浮遊感あるシンセが、不穏な詩情を際立たせる。
ブレンダンの裏声と地声の行き来が物語のテンションを巧みにコントロールする。
7. Only You (Reprise)
再度登場する「Only You」は、完全なソロ・アコースティックで、物語の余白を照らす。
恋が終わった後の空虚さ、または夢だったことの示唆として機能し、聴き手に“語り手の精神状態”を問い直させる。
8. Holiday (Requiem for Mary)
“メアリー”という人物の死(あるいは消失)を悼むレクイエム的バラード。
タイトルに“Holiday”とあるが、内容は真逆で、祝祭の仮面を被った喪失の歌。
コーラスが荘厳で、アルバム中もっともシリアスな感情の渦が描かれる。
9. Valentine (Reprise)
幕引きのようであり、最初に戻ってきたような終わり方。
構成的には循環しており、「愛とは繰り返す病」だという暗示にも思える。
最後のフレーズは「I would do it all again」。
総評
『The Valentine LP』は、Wheatusが長年にわたって探求してきた
“ナードな視点から語る恋と世界の終わり”というテーマが、最も純度高く結晶化した作品である。
かつてのようなパンキッシュな衝動やティーンエイジャー的な視点は後退し、
代わりに登場したのは、成熟と錯乱、信仰と幻滅のあわいに立つ大人の愛である。
しかしそれでも、ブレンダン・ブラウンのソングライティングはどこまでも誠実で、
語りたくて仕方がない“誰かの愛の話”が、歌に姿を変えてリスナーに語りかけてくる。
大袈裟で、危うくて、美しくて、狂っていて、少しだけ笑える。
『The Valentine LP』は、まるで愛そのもののようなアルバムだ。
おすすめアルバム
- Ben Folds Five『The Unauthorized Biography of Reinhold Messner』
愛と自己認識を巡るピアノ・ポップの傑作。コンセプト感も共通。 - My Chemical Romance『The Black Parade』
ロックオペラ的構成と死を巡る愛の演出に類似性。 - The Decemberists『The Hazards of Love』
神話と恋が混ざるストーリーテリング型コンセプト・アルバム。 - They Might Be Giants『The Spine』
知的で風変わりな構成力とユーモアにおいて兄弟的。 -
The Rentals『Lost in Alphaville』
耽美でSF的な恋愛ポップ。ヴォーカルの憂いも近い。
ファンや評論家の反応
『The Valentine LP』は、初期Wheatusのイメージとはかけ離れたコンセプト性と物語性ゆえに、
メインストリームではほとんど語られなかったが、
ファンの間では「最も完成度の高い作品」「ブレンダンの真骨頂が詰まった一枚」として高く評価されている。
特にライブでの演奏順や演出を含めて“物語作品”として語られることも多く、
“Teenage Dirtbagのその後”を感じさせる深みある作品として、
時間をかけて再発見されてきたアルバムである。
『The Valentine LP』は、恋に堕ちたすべての人間に捧げる、終末のバレンタイン・レコードだ。
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