The Things We Do for Love by 10cc(1976)楽曲解説

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1. 歌詞の概要

「The Things We Do for Love」は、1976年にリリースされた10ccのシングルで、アルバム『Deceptive Bends』(1977年)にも収録された代表曲である。この楽曲は、一見ポップで軽快なラブソングのように聴こえるが、そのタイトルが示す通り、恋愛において人が犯す矛盾や愚かしさ、滑稽さまでもを含んだ、皮肉と真実が同居する愛の小品となっている。

歌詞は、男女のすれ違いや衝突、別れと復縁、そしてその中で繰り返される感情のジェットコースターのような関係性を描いている。表面的には明るく親しみやすいトーンで綴られているが、その内側には「愛のために人はどれだけ愚かなことをしてしまうのか?」という問いかけが込められている。

2. 歌詞のバックグラウンド

この曲の制作背景は、10ccというバンドの転機とも重なる。1976年、オリジナルメンバーであるケヴィン・ゴドレイとロル・クレームが脱退し、エリック・スチュワートとグレアム・グールドマンの二人が主導する新体制がスタートした。その初期の成果として生まれたのがこの「The Things We Do for Love」である。

彼らが得意とするのは、甘いメロディの裏にどこか冷ややかな視線を忍ばせること。本作でも、キャッチーなコーラスや穏やかなギターサウンドに乗せて、恋愛の滑稽さやエゴイズムが描き出されている。その手法はポップミュージックにおいて一種のシニカルな視座を提供するものであり、ビートルズ以降のイギリス的ウィットが存分に生かされていると言えるだろう。

3. 歌詞の抜粋と和訳

以下に、印象的なフレーズの一部を抜粋し、英語と日本語訳を紹介する。

Like walkin’ in the rain and the snow
雨や雪の中を歩くみたいに

When there’s nowhere to go
行くあてもないままさまようような

And you feel like a part of you is dying
まるで自分の一部が死んでいくような気分になる

Oh the things we do for love
そうさ、愛のために僕らは愚かなことをする

The things we do for love
愛のために僕らがしてしまうことの数々

引用元:Genius Lyrics

4. 歌詞の考察

この楽曲は、愛という名の下に人がどれだけ理不尽で、滑稽な行動をとるかを語る。喧嘩して、怒鳴って、飛び出して、それでも戻ってきてしまう。まるで情けないようでいて、しかし誰しもが一度は経験する感情の起伏を、極めてリアルに描いている。

「雨や雪の中を歩くような」といった比喩は、寒さや孤独、無目的さを象徴するものであり、そうした状況に身を置くことすら「愛ゆえ」に受け入れてしまう人間の弱さと愛おしさを浮かび上がらせている。

また、楽曲の中では一貫して「The things we do for love(愛のために僕らがしてしまうこと)」というフレーズが繰り返される。それは、行動の正当性や価値を問うよりもむしろ、「理屈じゃない」とでも言いたげな諦念の混じった認識の表れでもあるのだろう。

この曲は恋愛の美しさを讃えているわけではなく、むしろその滑稽さや不条理さ、さらには自己矛盾を含めて、「愛する」という行為の本質に迫ろうとしている。だからこそ、この歌は聴く者にどこかしらの共感を呼び起こすのだ。

5. この曲が好きな人におすすめの曲

  • You Make My Dreams by Hall & Oates
     軽快でポップな恋愛ソングだが、メロディの明るさとは裏腹に、感情のアップダウンを暗示するような構造が10ccに通じる。

  • Tempted by Squeeze
     恋愛にまつわる迷いや選択をテーマにしたこの曲も、「The Things We Do for Love」と同様に、甘美なサウンドに複雑な心情が隠れている。
  • I Saw the Light by Todd Rundgren
     爽やかで陽気なサウンドに乗せて、恋に落ちた瞬間を描いた名曲。だがその背後には、どこかノスタルジックで自己反省的な空気も漂う。

  • Just the Way You Are by Billy Joel
     恋愛における理想と現実、受容と拒絶のバランスを描くこの曲も、「愛とは何か」という問いに対する一つの答えを示している。

6. 転機を超えて生まれたポップ・クラシック

「The Things We Do for Love」は、10ccが内部分裂を経たのちに初めて発表したシングルであり、新たなフェーズを迎えたバンドが、変化のなかでも変わらない創造力を証明した楽曲である。この曲の成功により、10ccはアメリカでもより広い認知を獲得し、Billboard Hot 100では5位を記録した。

本作は、グラム・ロック的な奇抜さやプログレ的実験性をそぎ落とし、より洗練されたポップソングとしての完成度を追求している。とはいえ、その背後には相変わらずの皮肉とユーモアが漂っており、10ccらしさは失われていない。

また、この楽曲のプロダクションは、当時としては非常にモダンであり、リスナーに「今」を感じさせるセンスに満ちていた。ギターのカッティングやヴォーカルの重ね方など、細部にまで丁寧なアレンジが施されていることで、聴き飽きない魅力を持っているのだ。


愛は時に愚かで、理不尽で、面倒くさい。
だが、それでも人は「愛のために」思いもよらぬ行動を取ってしまうものなのだ。

「The Things We Do for Love」は、その真理を明るいポップの衣に包みながら、リスナーの心に静かに、しかし確実に刺さる名曲である。心のどこかで微笑みながら、でもどこかしら「わかるよな」と頷いてしまう。そんな不思議な余韻を残す楽曲なのである。

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