発売日: 2012年1月18日(日本先行)、1月24日(米国)
ジャンル: インディー・ロック、オルタナティヴ・ロック、パワー・ポップ
概要
『The Stars Are Indifferent to Astronomy』は、Nada Surfが2012年に発表した通算7作目のスタジオ・アルバムであり、前作『Lucky』やカバー作『If I Had a Hi-Fi』を経たバンドが、“若さ”や“時間”といったテーマに再び向き合った快作である。
タイトルの「星は天文学に無関心である」という皮肉めいた言葉には、人間の感情や営みがいかに宇宙のスケールから見て些細であるか、という冷静な視点が込められている。
しかし、Nada Surfはその無関心に対して怒るのでも絶望するのでもなく、むしろその中で“生きる意味を見出す”ことに焦点を当てている。
本作は、バンドにとって初めて“スタジオで一発録り”に近い形でレコーディングされたアルバムであり、ライブのような躍動感と呼吸感が全編にわたって記録されている。
その結果、楽曲には勢いがありながらも、詩的で深いリリックが同居し、バンドの成熟と瑞々しさの両方が感じられる作品となった。
全曲レビュー
1. Clear Eye Clouded Mind
力強くアルバムの幕を開けるギターロック・ナンバー。
“曇った心に澄んだ視線を”という逆説的なタイトルが、自己探求の姿勢を示す。
2. Waiting for Something
青春の停滞と期待を描いた、軽やかながらも切ない楽曲。
流れるようなギターとリズミカルなドラムが心地よい。
3. When I Was Young
前半はアコースティックで静かに始まり、後半で一気にバンドサウンドが広がる構成。
“若かったころの自分”に向けた語り口が、ノスタルジーと自己再評価を行き来する。
4. Jules and Jim
フランス映画『突然炎のごとく(Jules et Jim)』をモチーフにした文学的ロック。
愛と友情、選択と迷いを軽快なリズムの中に詰め込む。
5. The Moon Is Calling
夜と内面をテーマにしたミッドテンポ曲。
月は呼んでいる、だが答えるのは自分——という静かなメッセージ。
6. Teenage Dreams
人生のどこかに置き忘れた“10代の夢”。
シンプルなコード進行の中に、切実な問いが投げかけられる。
7. Looking Through
メロディアスなギター・フレーズと優しいボーカルが心地よいナンバー。
他者と自分との“距離”を見つめ直すような、親密で詩的な一曲。
8. Let the Fight Do the Fighting
“戦うべきは自分ではなく、感情そのもの”というコンセプト。
タイトルにあるように、感情に飲み込まれず、それを眺める視点を提示する。
9. No Snow on the Mountain
環境や文明批判とも読める象徴的なトラック。
“山に雪がない”という異常が、現代の空虚さと直結する。
10. The Future
アルバムのラストを飾る哲学的ナンバー。
未来という曖昧で漠然とした概念を、意外にもポジティブに肯定する。

総評
『The Stars Are Indifferent to Astronomy』は、Nada Surfがバンドとして20年以上のキャリアを重ねた後に生み出した、“再び歩き始めるためのロック・アルバム”である。
それは懐古ではなく、更新。
そして“若さをやり直す”のではなく、“今の自分で再定義する”という知的なロックのあり方だ。
バンドは円熟の域にありながら、ここでは意識的に“勢い”を取り戻しており、全体としてはポップで開かれた印象が強い。
だが、リリックを読み込むと、そこには“過去と現在の対話”“時間の不可逆性”“個人の孤独”といった、きわめて深いテーマが隠されている。
このアルバムは、音楽的にも人生的にも“まだ終わっていない”ことの証明である。
星は何も語らないかもしれない。だが、Nada Surfはその無関心の下で、“語るべき声”を探し続けている。
おすすめアルバム(5枚)
- The Shins / Port of Morrow
大人になったインディーロックの視点と、繊細なメロディ感が共通。 - Death Cab for Cutie / Codes and Keys
内省的でありながら開かれた音像と、哲学的なリリックが近い。 - Real Estate / Days
ギターポップ的で穏やかな質感を持ちつつ、深い孤独感が共鳴する。 - Band of Horses / Infinite Arms
アメリカーナ的な広がりとエモーションの豊かさが『The Stars〜』と重なる。 - Guster / Easy Wonderful
ポジティブでポップな空気を保ちながら、確かな音楽性を持つ良作。
制作の裏側(Behind the Scenes)
『The Stars Are Indifferent to Astronomy』は、バンドが長年温めていたアイデアやライブで試されてきた曲を、改めてスタジオで“即興性を保ちながら録音する”という方式で制作された。
そのため、演奏には“今、この瞬間を捉える”ライブ感が溢れており、過剰な編集は排除されている。
プロデュースはChris Shaw(Bob Dylan、Wilcoなど)との共同作業で、録音はニューヨークとコネチカットで行われた。
また、リリース後には大規模なワールドツアーも行われ、Nada Surfの再評価を決定づけるアルバムとなった。
『The Stars Are Indifferent to Astronomy』は、時間や記憶、宇宙をテーマにしながらも、実際には“目の前の今”を生きるバンドの姿を映し出したアルバムなのである。
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