発売日: 2020年2月14日
ジャンル: サイケデリックポップ、シンセポップ、ディスコ、ファンク
Tame Impalaの4作目となる「The Slow Rush」は、ケヴィン・パーカーが時の流れや変化、過去と未来に対する個人的な内省をテーマに制作した一枚である。前作「Currents」でエレクトロニカとポップの要素を大胆に取り入れたパーカーは、「The Slow Rush」でもさらにその音楽性を追求し、サイケデリックでありながらもファンク、ディスコ、R&Bなど多様なジャンルが融合した洗練されたサウンドに仕上げている。80年代のレトロな要素と未来的なサウンドが交錯し、どこか懐かしくも新しいTame Impalaの世界観が広がる。
本作では、時間の不可逆性や未来への不安がテーマとなり、リリックとサウンドがそのテーマに沿った一貫したコンセプトを持っている。また、パーカーが全楽器とプロデュースを手掛け、録音とミキシングの細部にまでこだわりが反映されている。アルバム全体として、人生の儚さや時間の流れの中での自己の変化を美しい音楽で表現した一枚だ。
各曲解説
1. One More Year
アルバムの幕開けを飾る「One More Year」は、リズムボックスとシンセが作り出す反復的なビートが特徴的なトラック。歌詞には「あと1年だけ、今の自分でいたい」という願望が表れ、時間の流れと変化への恐れが描かれている。エコーの効いたボーカルが幻想的で、浮遊感のあるサウンドが心に残る。
2. Instant Destiny
「Instant Destiny」は、未来に向かって動き出そうとする決意が込められたポジティブな一曲。アップテンポで軽快なビートと、シンセが織りなすサウンドが心地よく、恋人との新しい未来に向かって進む気持ちが歌われている。ポップでありながらもTame Impalaらしいサイケデリックなムードが漂う。
3. Borderline
アルバムのリードシングルとしてリリースされた「Borderline」は、ディスコの影響を強く感じさせる軽やかなビートが特徴。恋愛の迷いや心の葛藤が歌詞に表れており、リズムとシンセのラインが爽快な一方で、パーカーのボーカルにはどこかメランコリックな響きがある。クラブシーンにも溶け込む、エネルギッシュでキャッチーな一曲だ。
4. Posthumous Forgiveness
パーカーが亡き父への思いを歌ったエモーショナルな曲で、アルバムの中でも特に感動的なナンバー。静かなイントロから始まり、次第に激しさを増していく構成が印象的。父への愛と許し、未完の感情がリリックに綴られており、深い感傷が漂うサウンドと共に心に迫る。
5. Breathe Deeper
ファンキーなベースラインとグルーヴィーなビートが特徴的な「Breathe Deeper」は、ディスコやR&Bの影響が色濃いトラック。リズムにのせて踊りたくなるような曲調で、息を深く吸い込み、人生を楽しむことの大切さが表現されている。Tame Impalaの新たなスタイルが垣間見える一曲だ。
6. Tomorrow’s Dust
フォーキーで柔らかなイントロから始まるこの曲は、過去を振り返りつつ未来への変化を受け入れるテーマを持っている。シンセとギターが美しく重なり合い、穏やかながらもどこか懐かしいムードが漂う。パーカーのリリックには、時間の不可逆性に対する哀愁が感じられる。
7. On Track
「On Track」は、希望に満ちたメロディと共に前進する意志が歌われた一曲。軽快なリズムと爽やかなサウンドが特徴的で、どんな困難があっても自分の道を進み続ける決意が込められている。落ち込んだ時に聴きたくなる、ポジティブなエネルギーに満ちたトラックだ。
8. Lost in Yesterday
懐かしいビートとファンキーなメロディが特徴の「Lost in Yesterday」は、過去の出来事を振り返り、良い思い出として受け入れるテーマが描かれている。パーカーの歌詞には、時間が過ぎることで悲しい思い出も美しく変わるというポジティブな視点が反映されており、ノスタルジックなサウンドが心に響く。
9. Is It True
アップテンポでダンサブルなビートが特徴の「Is It True」は、恋愛における不安と疑問がテーマ。キャッチーなリズムとシンセサウンドが楽曲に躍動感を与え、ポップでありながらもパーカーの内省的な一面が表れている。聴きやすく、リズムにのりやすい一曲だ。
10. It Might Be Time
リードシングルとしても話題になった「It Might Be Time」は、年齢や変化に対する不安がテーマ。エネルギッシュなドラムとシンセのフックが耳に残り、楽観的でありながらも少しの焦燥感が漂う。歳を重ねていく中での不安と、変化を受け入れる覚悟が歌われている。
11. Glimmer
インストゥルメンタルのトラックで、シンセが中心となり、ディスコ風のリズムが心地よい。短いながらも、アルバム全体のテーマと雰囲気を繋ぐブリッジとして機能している。
12. One More Hour
アルバムのラストを飾る「One More Hour」は、壮大なサウンドスケープが印象的な長尺のトラック。時間の流れに抗いながらも、今という瞬間に焦点を当てるリリックが胸に響く。重厚なドラムとシンセがドラマチックに盛り上がり、アルバム全体を総括するような、感動的な締めくくりとなっている。
アルバム総評
「The Slow Rush」は、Tame Impalaのサウンドがさらに成熟し、パーカーの音楽的な多様性が際立つ作品である。ディスコやファンクのリズムを取り入れ、時間や変化についての深いテーマを追求したこのアルバムは、現代のサイケデリックポップの金字塔として評価されている。過去、現在、未来が交錯するサウンドとリリックが、まるで人生の旅を体現しているかのようだ。聴くたびに新しい発見がある、奥行きと美しさを備えた一枚である。
このアルバムが好きな人におすすめの5枚
Random Access Memories by Daft Punk
ディスコとファンクの要素が豊富に取り入れられたアルバムで、Tame Impalaのリズミカルなサウンドが好きなリスナーに響く。
Awaken, My Love! by Childish Gambino
ファンクとソウルの影響が強い作品で、「The Slow Rush」のようなグルーヴィーで内省的なサウンドが楽しめる。
After Hours by The Weeknd
80年代のシンセポップを現代風にアレンジしたアルバムで、ノスタルジックかつ未来的なサウンドが共通している。
Spirit of Eden by Talk Talk
アンビエントとアートロックを融合させた名盤。サウンドの広がりと内省的なテーマが、「The Slow Rush」と響き合う。
A Deeper Understanding by The War on Drugs
シンセとギターを多用したサウンドスケープが特徴で、時間や変化といったテーマを探求している点が共通している。
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