アルバムレビュー：The Rhythm of the Saints by Paul Simon

発売日: 1990年10月16日
ジャンル: ワールドミュージック、フォークロック、ポップ

「The Rhythm of the Saints」は、Paul Simonが1986年の大ヒット作「Graceland」の後にリリースしたアルバムで、再び世界の音楽に深く踏み込んだ意欲作である。今回のインスピレーション源は、南米の音楽、特にブラジルのパーカッションリズムで、録音にはブラジル人ミュージシャンが多数参加している。Simonは「Graceland」の成功に甘んじることなく、さらに音楽的な探求を続け、このアルバムでより内省的で詩的な世界を描き出している。

「The Rhythm of the Saints」は、リズムが主体となった独自のサウンドスケープと、深く抽象的で瞑想的な歌詞が特徴である。アルバム全体を通して、霊性や人間の根源的な感情を探求するテーマがあり、Simonのソングライティングはさらに深化している。音楽的には、南米やアフリカのパーカッションとアメリカンフォークが融合し、エスニックで多層的な音の旅を作り上げた。1991年にはグラミー賞の「アルバム・オブ・ザ・イヤー」にもノミネートされ、その音楽的革新性が広く認められた。

トラック解説

1. The Obvious Child
   アルバムの幕開けを飾る楽曲で、ブラジルのパーカッションアンサンブル「Olodum」の強烈なリズムが楽曲を牽引する。歌詞では、過去と現在、そして人の成長についての内省がテーマとなっており、タイトルフレーズが繰り返されることで印象的な余韻を残す。
2. Can’t Run But
   繊細なアコースティックギターと複雑なリズムが特徴の楽曲。歌詞は社会や環境の不安定さを描写し、静かな緊張感が漂う。南米のパーカッションが曲にエスニックな深みを加えている。
3. The Coast
   親密で温かな雰囲気を持つトラック。歌詞には宗教的な暗示が込められ、癒しや再生のテーマが描かれている。ギターとパーカッションの調和が美しく、聴く者を包み込むような心地よさを感じさせる。
4. Proof
   軽快なリズムが特徴で、生命の証や自己確認のテーマを歌った楽曲。Simonの抽象的な歌詞が、複雑なパーカッションと絡み合い、曲全体を躍動感で満たしている。
5. Further to Fly
   メランコリックで幻想的な雰囲気を持つ一曲。夢や希望、そして内面的な旅をテーマにしており、Simonの柔らかなボーカルが聴き手を引き込む。サウンドスケープは広がりがあり、終わりなき旅を感じさせる。
6. She Moves On
   穏やかで叙情的な楽曲。失った愛や人間関係の儚さをテーマにした歌詞が心に響く。アコースティックギターのアルペジオが美しく、曲全体に哀愁を漂わせている。
7. Born at the Right Time
   希望に満ちたメロディが印象的な楽曲で、人生のタイミングや運命について歌われている。軽快なリズムとSimonの柔らかなボーカルがポジティブな雰囲気を作り上げている。
8. The Cool, Cool River
   ダークで荘厳な雰囲気を持つトラック。歌詞には葛藤や闘争のテーマが込められており、静かなギターのイントロから徐々に高まるドラマチックな展開が印象的だ。
9. Spirit Voices
   ブラジルのシャーマニズムや霊的なテーマを取り上げた楽曲で、Simonがポルトガル語で歌う部分もある。霊的な旅を象徴するようなサウンドスケープが特徴で、南米音楽の深い影響が感じられる。
10. The Rhythm of the Saints
    アルバムのタイトル曲で、全体を締めくくる静かで内省的なトラック。霊的なテーマが強調され、Simonの詩的な歌詞が瞑想的なサウンドと美しく融合している。全編を通して感動的な余韻を残す。

アルバム総評

「The Rhythm of the Saints」は、Paul Simonの音楽的探求心が極まった作品であり、内省的で深遠なテーマを描いた傑作である。南米のリズムを中心とした多層的なサウンドと、Simonの詩的で哲学的な歌詞が見事に融合しており、聴き手に音楽の新たな可能性を示している。アルバム全体に漂う霊性とスピリチュアルな雰囲気は、1980年代後半から1990年代初頭という時代の精神を反映していると同時に、時代を超えた普遍性を持っている。

「Graceland」の派手な成功の影で地味に見られることもあるが、このアルバムは一聴する価値がある。内省的な音楽を好むリスナーや、異文化の音楽に興味がある人々にとって、「The Rhythm of the Saints」は特別な体験となるだろう。

このアルバムが好きな人におすすめの5枚

Graceland by Paul Simon
南アフリカの音楽を取り入れた前作。世界音楽への探求を始めたSimonの原点。

Buena Vista Social Club by Buena Vista Social Club
キューバの伝統音楽を世界に広めた名作で、異文化のサウンドを愛するリスナーに最適。

Afro-Cuban All Stars by A Toda Cuba le Gusta
南米とアフリカの音楽的ルーツを融合した作品で、リズム中心のアプローチが「The Rhythm of the Saints」と響き合う。

Peter Gabriel’s Us by Peter Gabriel
霊性や人間関係のテーマを扱ったアルバムで、内省的な歌詞と複雑な音楽性が共通している。

Rain Dogs by Tom Waits
ワールドミュージック的要素を内包した独創的なアルバムで、個性的なリズムと詩的な歌詞が共鳴する。