『The Queen Is Dead』の美学――The Smithsが作り出したメランコリックなロックの究極形とは何だったのか

1986年にリリースされ、今なお多くの音楽ファンから絶大な支持を集め続けるThe Smithsのサード・アルバム『The Queen Is Dead』。荒々しくも繊細なギター・ワーク、詩的かつアイロニカルな歌詞、そしてメランコリックなサウンドでイギリスの音楽シーンに大きな衝撃を与えました。今回の対談では、イギリス・マンチェスター生まれでブリットポップやポップロック、アートロックを専門とし、90年代のブリットポップシーンを肌で感じながら育った**Sophie Bennettソフィー・ベネットさんと、ロサンゼルスを拠点にインディーロックやオルタナティブ、ポストパンクを得意とし、DIY精神を重んじるレーベルも立ち上げてきたAlex Greenfieldアレックス・グリーンフィールド)**さんに、この傑作アルバムの魅力や歴史的意義を深掘りしていただきます。


はじめに:The Smithsという存在の衝撃

インタビュアー:

今日はThe Smithsの『The Queen Is Dead』を大特集いたします。まずは、お二人にとってThe Smithsとはどのような存在だったのでしょうか? 当時の音楽シーンの状況を含めて教えてください。

Sophie(ソフィー):

マンチェスターで育った私にとって、The Smithsは実は「身近でありながら、どこか神格化された存在」だったんです。地元の音楽シーンという意味では、Joy DivisionNew Order、The Fallなど、マンチェスターには強烈な個性を放つバンドがたくさんいましたけど、その中でThe Smithsはより“ポップ”でありながら、独特の憂いというかメランコリックな雰囲気を強烈に醸し出していました。多くの若者たちが「自分を代弁してくれるような音楽」として熱狂したのを覚えています。私自身、最初に触れたのがこの『The Queen Is Dead』ではなく、シングル曲たちでしたが、すぐに「このバンドはただのギターバンドじゃない」という特別感をひしひしと感じましたね。

Alex(アレックス):

僕の場合はアメリカ西海岸育ちだったこともあって、The Smithsを知ったのは少し遅かったんですよ。でも、パンクやポストパンクを探究する中で、自然に「イギリスのインディー・シーンの重要バンド」として名前が上がってきたのが彼らでした。「This Charming Man」のカッティング・ギターを聴いたときの衝撃は大きかったですよ。ジョニー・マーのギターは派手さはないけど、どこか煌めきがあって、一音一音が歌うようにメロディアス。そこにモリッシーの個性的なヴォーカルが乗ってくるから、もう唯一無二のサウンドですよね。そこから一気にディスコグラフィーを追いかけて、『The Queen Is Dead』に至ったときは「これが彼らの最高傑作か」と納得した覚えがあります。


The Queen Is Dead』リリース当時のイギリス音楽シーン

インタビュアー:

では、本作『The Queen Is Dead』がリリースされた1986年当時、イギリスの音楽シーンにはどのような動きがあったのでしょうか?

Sophie(ソフィー):

80年代半ばのイギリスは、シンセポップが盛り上がったり、ニュー・ウェイヴやゴシック・ロックなどが活発になったりと、かなり多彩な音楽が同時多発的に生まれていました。一方で、パンクから派生したポストパンクやインディー・ギター・ロックは、少しずつ“下地”として蓄積されていた時期でもありました。The Smithsが最初に注目を集めたのは、メジャーシーンの派手なサウンドに対して、より地に足の着いたバンドサウンドを打ち出していたからなんです。

しかも、モリッシーの歌詞には鋭い社会風刺やブラックユーモアが満載で、当時のサッチャー政権下での閉塞感や社会不安を背景にしながらも、ただ単にデモや抗議をするのではなく、もっと私的で繊細な表現で鬱屈した気分を代弁したんですね。そのスタンスが若いリスナーの心情を見事にとらえたんだと思います。


アルバムタイトルの示唆と政治性

インタビュアー:

The Queen Is Dead』というタイトルも当時としてはかなり挑発的なものでした。モリッシーの王室批判や、イギリス社会への皮肉がそこには色濃く表れていると言われていますが、この点についてはどう感じていますか?

Alex(アレックス):

アメリカ人の僕から見ても「The Queen Is Dead」という言葉は、当時のイギリス社会にとってはショッキングだったはずだと感じました。王室を敬う文化のある国ですからね。でも、モリッシーは直接的な暴力や攻撃性ではなく、あくまでもシニカルな視点、皮肉を効かせた言い回しで「王室なんてもう古いよね?」と問いかけているようにも感じます。これは単なる政治批判にとどまらず、自分たちの世代が抱えているアイデンティティの問題とか、社会に対する漠然とした不満とか、そういったものを象徴的に表現していると思います。

Sophie(ソフィー):

まさにそうですね。「The Queen Is Dead」というフレーズは、本来ならタブーに近い。でも、モリッシーがやろうとしていたのは「伝統への挑戦」であると同時に、どこか自虐的なユーモアを交えた“風刺”だったんじゃないかと私は思います。そして、それをシリアスすぎないポップソングに落とし込んでいるからこそ、彼らは「反逆児」扱いだけでは終わらず、幅広い層に支持された。しかも、ジョニー・マーのギターサウンドがとても華やかなので、皮肉な歌詞がよりいっそうキラキラとしたグルーヴに包まれて際立つんですよね。


ジョニー・マーのギターとメランコリックな美学

インタビュアー:

The Smithsを語るうえで外せないのがジョニー・マーのギター・ワークです。彼のギターは決してハードなディストーションなどを多用するわけではないのに、ものすごく印象的ですよね。アレックスさん、その点はいかがでしょうか?

Alex(アレックス):

まさにジョニー・マーのスタイルは「煌めき」と呼ぶのがふさわしいと思います。アルペジオやカッティングを駆使して、ギター単体でメロディとリズムを同時に奏でちゃうんですよ。さらに、ちょっとフォーク的な響きや、R&B由来のファンクっぽいリズムを混在させることも多くて、ジャンルとしての“ロック”を超越した味が出せる。その上からモリッシーのヴォーカルが乗ることで、どこかメランコリックながらも美しい世界観が生まれるんです。

特に『The Queen Is Dead』のオープニング・トラック「The Queen Is Dead」は、ロカビリーを連想させる軽快なドラムパターンをベースに、マーが切れ味のあるリフをぶつけてくる。あのイントロからもう“アルバムの世界”に引き込まれる感覚があります。あと、「Cemetry Gates」みたいに軽快でありながら少し切ないメロディが響く曲も、マーの職人的なギターアレンジあってこそ。シンプルなのに奥深い、その妙技に惚れ込んでギターを始めた若者は世界中にいるはずです。


モリッシーのリリックとアイロニー

インタビュアー:

Sophieさんは、モリッシーのリリックやヴォーカル表現についてどのように感じていらっしゃいますか?

Sophie(ソフィー):

彼の詞には、常にアイロニカルな視点やブラックユーモアが通底していますよね。暗いテーマや孤独を歌っていながらも、どこか「フフッ」と笑わせるようなウィットがあって、一歩引いた距離感から自分や社会を見ている。そしてそこに強烈な自己憐憫やナルシシズムが入ってくるから、歌詞の世界観がすごく複雑なんです。

例えば「I Know It’s Over」なんかは失恋や絶望感を歌いながらも、モリッシー流の夭折したロマンティシズムがにじんでいますよね。「愛なんて信じられないのに、それでも愛を求めてしまう」みたいな、思春期のほろ苦い感情を大人が皮肉たっぷりに表現している感じがするんです。あれは青春の葛藤を見事に代弁しているし、それが世界中の若者の心をつかんだ大きな要因かもしれません。


「メランコリックなロック」の究極形としての本作

インタビュアー:

今回のテーマの中心である「The Smithsが作り出したメランコリックなロックの究極形」とは、ズバリどの部分にあるとお考えですか?

Alex(アレックス):

僕が思うに、このアルバムは「ポップメロディとアイロニックなリリック、そしてリリカルなギターが高次元で融合」しているからこそ、究極のメランコリック・ロックと言えるのではないでしょうか。たとえばゴシック・ロックやポストパンクはメランコリックな要素を持っていましたが、どうしてもダークさや攻撃性が先行することが多かった。でもThe Smithsはポップなメロディ感と優美なアルペジオを取り入れることで、メランコリックでありながらどこか“光”を感じさせる。この絶妙なバランスが、彼らを特別な存在にしています。

それに加えて、モリッシーのアイロニーや社会批判が「ただ暗いだけの音楽」にはさせないんですよね。むしろ巧みなレトリックで“笑い”を誘う場面もあって、聴き手に「自虐的だけど笑ってしまう」という感覚を与えるのが革新的でした。結果として、若者の内面にある痛みや孤独を、少しだけ救い上げてくれるような優しさを感じるアルバムに仕上がっている。

Sophie(ソフィー):

さらに言えば、アルバム全体の流れが絶妙で、同じメランコリックでも曲ごとに違う表情を見せてくれます。「There Is a Light That Never Goes Out」は恋愛や死のイメージを混在させながらも、とてもロマンティック。「Some Girls Are Bigger Than Others」はタイトルからしてユーモラスなのに、音楽的にはかなりドラマチックで幻想的。アルバム通して聴くと、微妙にニュアンスの異なる“メランコリー”が立ち上がってきて、最後には「やっぱりThe Smithsってユニークだな」と再認識させられるんですよ。


当時のファン・カルチャーと影響力

インタビュアー:

当時はファンが熱狂し、The Smithsのライヴにはモリッシーのように花を振る人が現れたり、ユニークなファッションをまねたりといった現象もあったと聞きます。そうした「ファン・カルチャー」の存在についてはどう思われますか?

Sophie(ソフィー):

イギリスでは、The Smithsのファンを名乗る若者たちが、モリッシーをまねて大きな花束を手にステージに駆け上がろうとしたり(笑)、前髪を少し垂らしてダボッとしたシャツを着るという独自のファッションを発信したり、確かにそういうムーブメントがありました。モリッシーの生き方や世界観そのものを体現したい、共感したいという熱量がファンにあったんでしょうね。

彼らは、単なるロックバンド以上のカルチャー・アイコンでもあったと思います。歌詞カードを熟読して、自分の人生観に結びつける人が多くて、とにかく「自分の感情を代弁してくれる救世主」を見つけたように感じるんだと思います。特に保守的な時代背景の中で、モリッシーが見せるある種の“弱さ”や“皮肉”が、若者にとっては大きな居場所になったんだろうな、と。


The Smiths解散後、そして後世への影響

インタビュアー:

The Queen Is Dead』のリリースから1年ほどでジョニー・マーが脱退し、1987年にThe Smithsは解散してしまいます。その後のUKロックや世界のインディーシーンに与えた影響はどのように評価されていますか?

Alex(アレックス):

The Smithsは活動期間は短かったんですが、その影響は絶大ですよね。90年代にブリットポップが盛り上がる中で、OasisBlurといったバンドもThe Smithsからの影響を公言していました。とくにギターの鳴りの感覚や、英国的なアイロニーの表現なんかは、大なり小なりThe SmithsのDNAを受け継いでいると思います。

アメリカのインディーシーンにもその波紋は伝わっていて、R.E.M.との比較がよくされましたが、あの繊細かつメロディアスなギター・サウンドは後のオルタナティブ系ギターバンドに相当影響を与えましたね。ジャンルとしては“ギター・ポップ”あるいは“インディー・ポップ”の礎を築いたと言っても過言ではないでしょう。解散は惜しまれましたが、彼らが残した作品は今でも色あせず、多くの人に聴かれ続けています。

Sophie(ソフィー):

モリッシー自身はソロ活動に入って、さらに多様な世界観を展開していきましたけれど、やはり「ジョニー・マーとのコラボレーションがあってこそThe Smithsの魔法が生まれた」という感覚が強いですね。あの2人の化学反応が本当に特別だった。今もイギリスのメディアやファンからは「再結成しないのか?」という期待が常に囁かれていて、それくらい伝説化していますよね。いろいろな事情があって難しいのでしょうけど(笑)、音楽ファンとしては夢を捨てきれない部分もあるんです。


アルバム全体の流れと名曲群

インタビュアー:

ここで改めて、『The Queen Is Dead』の収録曲をさらっと振り返ってみたいと思います。お二人が個人的に特に好きな曲、聴きどころなどがあれば教えてください。

Alex(アレックス):

さっきもちょっと触れましたが、オープニングの「The Queen Is Dead」は凄まじいインパクトですよね。まるで小さな劇が始まるような導入部から、急にドラムとギターが爆発して一気に曲の世界に引きずり込まれる感じ。それと対照的に「I Know It’s Over」はゆったりとしていて、モリッシーの嘆き節が胸に迫るバラード。そういうメリハリが効いてるから、アルバムを通して飽きずに聴き込んでしまう。

Sophie(ソフィー):

私のお気に入りは「There Is a Light That Never Goes Out」です。これはThe Smithsの代表曲として挙げるファンも多いですよね。“死すらも恐れないほど、あなたと一緒にいたい”という、究極にロマンティックでありながら、どこか死の影が付きまとう歌詞。「バスに轢かれるかもしれないけど、それでも構わない」ってフレーズが妙に刺さるんですよ。ジョニー・マーの美しいギターメロディと、モリッシーの切ないヴォーカルが合わさることで、“儚い夢”のような魅力を放っています。

あと、ラストの「Some Girls Are Bigger Than Others」は最初にフェードインやフェードアウトを繰り返す特殊な音の加工があって、そこから華麗なアルペジオが始まりますよね。タイトルからは想像できないほど美しくて不思議な曲調なんです。アルバムの締めとしても“謎”を残したまま終わる感じが、The Smithsらしいなと毎回思います。


現代における『The Queen Is Dead』の立ち位置

インタビュアー:

最後に、このアルバムが現代においてどのように受容され、どう評価されているのかお聞かせください。

Sophie(ソフィー):

ここ数年で、改めて80~90年代のギター・バンドを再評価する動きがあって、The Smithsも当然その筆頭に挙げられています。若い世代が初めて聴いても「全然古臭くない」「いまのインディー・バンドより洗練されてる」と感じるケースは多いようですね。特に『The Queen Is Dead』はアルバム全体として完成度が高いので、一通り聴き終えると「もっとThe Smithsの他の作品も聴いてみたい」と自然に思わせる力がある。結果的に、彼らの曲がSpotifyやYouTubeでも定期的に再生され続けている印象があります。

Alex(アレックス):

僕も現場(インディー・レーベルの関係者や若手バンドたち)で話をすると「The Smithsに影響受けた」というアーティストはめちゃくちゃ多いですね。ギターサウンドの作り方や、ヴォーカルの表現、言葉選びなど、あらゆる面で“ヒントの宝庫”だと捉えている人が多い。

ただモリッシー個人の政治的・社会的発言や論争もあり、近年はアーティスト本人と作品を切り離して考えるかどうかという議論もあるんです。でも少なくとも、音楽としてのThe Smithsが偉大な足跡を残したことは揺るぎない事実でしょう。曲を聴けば、その革新性や美しさが変わらず輝いていることを、誰もが再確認できるんじゃないかなと思います。


インタビュアーのラップアップ

インタビュアー:

お二人とも今日はありがとうございました。The Smithsというバンドが、80年代のイギリスにおいてどれほど特別な存在であり続け、そして『The Queen Is Dead』が「メランコリックなロックの究極形」と言われるほどの強い影響力を持っている理由を、改めて深く理解できた気がします。ジョニー・マーの繊細で煌めくギターとモリッシーのアイロニカルかつ儚い詩世界の融合が、世界中のリスナーの“胸の奥”に突き刺さる普遍的な魔法を生み出しているのかもしれませんね。

もしまだじっくり聴いたことがない方は、この機会に『The Queen Is Dead』を通して聴いてみてはいかがでしょう? アルバム全体を通じて、様々な角度から“メランコリー”を味わうことができるはずです。特に「There Is a Light That Never Goes Out」や「I Know It’s Over」で感じる切なさは、もしかしたらあなた自身の人生観を変えてしまうほどのインパクトを持っているかもしれません。ぜひその世界観にひたってみてください。

「あなたはThe Smithsの音楽、あるいは『The Queen Is Dead』をどのように感じますか?」

あなた自身の視点で、このメランコリックな美学を掘り下げてみてください。それでは、次回のテーマもどうぞお楽しみに。

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