イントロダクション
鋭さと甘美、混沌と抒情――The Psychedelic Fursは、そのどちらも併せ持った稀有な存在だった。
ポストパンクの尖ったエネルギーを核に持ちながらも、その周囲を彩るのは、甘やかなサックス、退廃的なメロディ、そして詩的な虚無。
彼らの音楽は、冷たくも暖かい。
そして、どこか“映画的”で、“永遠に思春期”のような儚さに満ちている。
その独自の世界観は、80年代ニューウェーブの一角を彩ると同時に、今なお“ポストパンクにロマンスを持ち込んだバンド”として記憶されている。
バンドの背景と歴史
The Psychedelic Fursは1977年、イギリス・ロンドンで結成された。
中心人物は、リチャード・バトラー（Vo）とティム・バトラー（Ba）の兄弟。
当初は6人編成で、サックスやキーボードを取り入れた多層的なサウンドを展開。
1980年のセルフタイトル・デビュー作で注目され、1981年の『Talk Talk Talk』、1982年の『Forever Now』と作品を重ねるごとにメロディの美しさと洗練を増していった。
特に『Forever Now』以降はトッド・ラングレンやキース・フォルセイといったプロデューサーの手によって、アメリカ市場でも成功を収めるようになる。
1986年には、代表曲「Pretty in Pink」がジョン・ヒューズ監督の映画『プリティ・イン・ピンク』に使用され、彼らの名は世界的に知られることとなる。
90年代に活動を休止したのち、2000年代に再結成し、2020年には29年ぶりの新作『Made of Rain』を発表。
その詩的な世界は、時代を越えて鳴り続けている。
音楽スタイルと影響
The Psychedelic Fursの音楽は、ポストパンクをベースにしながら、初期はノイジーで混沌とした空気を纏い、中期以降はロマンティックかつシンフォニックな展開へと移行した。
リチャード・バトラーのしゃがれたようなハスキー・ボイスは、デヴィッド・ボウイとボブ・ディランの影を思わせつつ、どこか“語り手”としての存在感を持つ。
歌詞は退廃的で詩的、愛と孤独と夢の欠片を拾い集めるように紡がれた。
また、サックスやストリングスの導入によって、音楽にはバロック的な広がりと感情の厚みが生まれ、同時代のThe CureやEcho & the Bunnymenとはまた違った耽美性を持つスタイルを確立した。
代表曲の解説
Pretty in Pink（1981 / 1986）
バンド最大の代表曲にして、映画『プリティ・イン・ピンク』の主題歌として再録されたヴァージョンでも知られる。
ラブソングの体裁をとりつつ、その実、女性の内面の空虚さや男性社会における“消費される愛”を皮肉的に描いた名曲。
〈She doesn’t know what it means…〉というリフレインには、彼女が纏う“ピンク”の象徴性を逆手にとった切なさと怒りが滲む。
メロディの甘美さと歌詞の冷徹さ、そのギャップこそがThe Psychedelic Fursの美学なのだ。
Love My Way（1982）
中期の代表曲で、グロッケンのようなシンセが印象的なイントロとともに始まる美しい一曲。
シンプルな構成のなかに、リチャードのくぐもった声が孤独と決意を交錯させている。
特に〈You can never win or lose / If you don’t run the race〉というフレーズには、自己肯定と達観が同居しており、聴く者の心に残る。
The Ghost in You（1984）
美しくも物悲しい、永遠のようなラブソング。
霧のように淡いギターと、サックスの重ねが重力を失ったような浮遊感を作り出す。
歌詞に登場する“君の中の幽霊”という存在は、喪失と残像のメタファーでもあり、バトラーの詩人としての側面が最も強く表れた楽曲の一つ。
アルバムごとの進化
『The Psychedelic Furs』（1980）
初期のラフでアングラな空気感に満ちたデビュー作。
ギターのノイズとバトラーの語りが、ポストパンク的怒りと混沌をそのまま封じ込めたような一枚。
『Talk Talk Talk』（1981）
「Pretty in Pink」や「Dumb Waiters」など、初期の代表曲を収録した出世作。
サウンドはまだ荒削りだが、叙情と混乱のバランスが絶妙で、ファンからの評価も高い。
『Forever Now』（1982）
プロデューサーにトッド・ラングレンを迎え、音楽的完成度が一気に高まった傑作。
サックスやキーボードの導入によってロマンティックな側面が前面に出てくる。
『Mirror Moves』（1984）
「The Ghost in You」「Heaven」などの名曲を収めた、美と哀愁が同居するアルバム。
メロディとアレンジが洗練され、アメリカでも高い人気を博した。
影響を受けたアーティストと音楽
The Velvet Underground、David Bowie、Roxy Music、Iggy Popといった“退廃の詩人たち”からの影響が色濃い。
また、ロマンティックで美意識の高いポストパンク勢（Magazine、Bauhaus、The Only Ones）との共鳴も強い。
影響を与えたアーティストと音楽
彼らのメロディと詩的世界観は、The Killers、Interpol、The National、Placebo、SuedeなどのUK／USのオルタナ・バンドに継承されている。
また、「Love My Way」は映画『君の名前で僕を呼んで』（2017）に使用されたことで新たなリスナー層にも届き、再評価が進んでいる。
オリジナル要素
The Psychedelic Fursの真骨頂は、“感情をむき出しにしない美しさ”にある。
怒りや欲望、孤独すらも、あくまで美学のフィルターを通して、詩的に、静かに描き出す。
また、リチャード・バトラーの声と詞は、感情の記憶を音楽に封じ込めるような作用を持ち、聴くたびに違う表情を見せてくれる。
まとめ
The Psychedelic Fursは、ポストパンクというジャンルに“哀愁と優雅さ”を持ち込んだ存在である。
その音楽は、華やかさの裏にある虚無、そしてロマンスの奥にある喪失を見つめ続けていた。
もしあなたが、感情の陰影と美しさの余白に惹かれるなら――
彼らの音楽はきっと、あなたの心のどこかに“永遠のピンク色”を灯してくれるだろう。
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