The One I Love by R.E.M.(1987)楽曲解説

Spotifyジャケット画像

1. 歌詞の概要

The One I Love」は、アメリカのオルタナティブ・ロック・バンドR.E.M.が1987年に発表した楽曲で、彼らにとって初の全米トップ40ヒットを記録した代表曲のひとつである。アルバム『Document』に収録されたこの曲は、一聴すると愛をテーマにしたストレートなラブソングのように響くが、実際にはそのイメージを意図的に裏切る“毒”を含んだ作品である。

タイトルの「The One I Love(私が愛する人)」という言葉が何度も繰り返されるため、表面的には情熱的な恋の歌のようにも思える。しかし、続く歌詞を注意深く読み解くと、そこには冷淡さと操作性が顔をのぞかせる。

この曲は、単なるラブソングではなく、「愛する」という言葉が持つ曖昧さや欺瞞性を暴き出す反転的な詩的構造を持っている。R.E.M.らしい内省とアイロニー、そして意識的な曖昧さが、この短い一曲の中に凝縮されているのだ。

2. 歌詞のバックグラウンド

「The One I Love」は、ボーカルのマイケル・スタイプによって書かれた楽曲で、彼自身がインタビューの中で、「この曲は皮肉だ」と繰り返し述べている。彼はリリース当時、リスナーの多くがこの曲を“愛の歌”として受け取っていたことに驚き、「これは“冷酷な人間による支配と消費の歌”だ」と説明している。

制作背景として、1980年代のアメリカ社会には、消費主義、恋愛の使い捨て、そして政治的分断が渦巻いていた。R.E.M.は、こうした空気感を背景にしながらも、直接的なメッセージではなく詩的で暗喩的な表現によってその実態を照射してきたバンドである。

「The One I Love」は、当時の彼らの音楽性が大きく変化した時期の作品でもあり、それまでのアンダーグラウンド的な音作りから、より力強く洗練されたサウンドへと移行した転機の楽曲でもある。

3. 歌詞の抜粋と和訳

以下に印象的な一節を紹介する(引用元:Genius Lyrics):

This one goes out to the one I love
これは、私が愛した人への歌

This one goes out to the one I’ve left behind
これは、私が置き去りにした人への歌

A simple prop to occupy my time
時間つぶしのための、単なる小道具

Fire!
炎よ!

この短く繰り返されるリリックの中には、「愛する人」と言いながら、それはあくまで“利用された存在”であるという二面性が刻まれている。「愛していた」はずの相手が、実は“時間を埋めるための道具”だった──この冷酷な逆転が、この楽曲にゾッとするような印象を与えている。

また、「Fire!(炎よ!)」という突発的なシャウトは、恋愛の情熱か、あるいは破壊衝動か、あるいはすべてを燃やしてしまう内なる怒りなのか。解釈は聞き手に委ねられているが、その曖昧さこそがこの曲の本質である

4. 歌詞の考察

「The One I Love」は、“愛”という言葉の皮膚を丁寧にはぎ取り、その下にある独占欲、支配、自己中心性といった感情の暗黒面をあぶり出す作品である。

一般的なラブソングが、相手への想いを理想化し、美しく装飾して語るのに対し、この曲では、むしろその“装飾”そのものが問題であることを指摘している。愛とは本当に相手のためのものか? それとも、自分の寂しさを埋めるための幻想か? という問いが、鋭利に投げかけられているのだ。

このような構造は、1980年代後半のアメリカのポップ・ソングにおいては極めて異質であり、それゆえにこの曲が“誤解されるラブソング”として大ヒットしたこと自体が、R.E.M.のアイロニカルな勝利でもある。

また、反復的な構成と短い歌詞の中に込められた冷たさは、まるでポストモダン的な詩のようであり、感情をむしろ削ぎ落とすことによって、現代の人間関係の空洞を浮かび上がらせているとも言える。

(歌詞引用元:Genius Lyrics)

5. この曲が好きな人におすすめの曲

  • Losing My Religion by R.E.M.
    愛と信仰の境界線をテーマに、感情の崩壊を描いたR.E.M.最大のヒット曲。
  • Every Breath You Take by The Police
    一見ラブソングだが、実は“執着と監視”を描いたストーキング・アンセム。
  • Fake Plastic Trees by Radiohead
    愛や人生における“偽りと虚構”を繊細に描いた、90年代の内省的バラード。
  • Used to Love Her by Guns N’ Roses
    ブラックユーモアと殺意を込めた、反転的な“愛”の歌。
  • Creep by Radiohead
    愛される資格のなさと、自分を拒絶する感情をむき出しにした名曲。

6. “これは、あなたへの歌”:R.E.M.が提示したラブソングの解体

「The One I Love」は、そのタイトルとは裏腹に、“愛”を語ることの危うさと虚構性を突きつける極めて挑戦的な作品である。

「これは、私が愛した人への歌」──その一文の奥には、いくつもの裏の意味が潜んでいる。本当にその人を愛していたのか? それとも、愛していたという言葉を、ただ使っていただけなのか? その問いに対する答えは明示されないが、聴き手の心には、微かなざらつきと、見えない痛みが残る

R.E.M.はこの楽曲を通じて、ラブソングという形式自体に揺さぶりをかけ、表現と解釈の間にある“ほのめかし(innuendo)”の余白を最大限に生かしている。
まさに、これこそが「言葉にできない何か」を鳴らすバンド、R.E.M.の真骨頂である。

コメント

タイトルとURLをコピーしました