
1. 歌詞の概要
「The Musical Box」は、Genesisが1971年に発表したアルバム『Nursery Cryme』の冒頭を飾る楽曲である。約10分以上にわたる大曲であり、プログレッシブ・ロックを代表する名作として語り継がれている。歌詞はヴィクトリア朝風の童話めいた怪奇譚で、子供の遊び、偶然の死、そしてオルゴールを媒介とした亡霊的な再生と欲望の噴出を描いている。
物語は、少女Cynthiaがクロケットという球技で少年Henryを誤って殺してしまうところから始まる。後にCynthiaはHenryの遺品である古いオルゴールを見つけるが、それを開けた瞬間、Henryの魂が解き放たれ、急速に年老いた姿で蘇る。彼は押さえ込んでいた欲望を一気に表出させ、Cynthiaに愛を求めるが、彼女がその姿を受け入れる前に家庭教師が現れ、オルゴールを破壊して物語は終わる。
この寓話的な歌詞は「無垢から性への目覚め」「時間と老い」「欲望と死」をテーマとしており、幻想的かつ不気味な世界観を作り上げている。
2. 歌詞のバックグラウンド
『Nursery Cryme』は、Genesisにとって最初にギタリストのSteve HackettとドラマーのPhil Collinsが参加したアルバムである。彼らの加入によってバンドの音楽性は飛躍的に拡大し、クラシカルなギター、ジャズ由来のリズム、そして複雑なアンサンブルが加わった。「The Musical Box」はまさにその新体制の成果を示す楽曲であり、劇的な構成と緻密な展開が特徴となっている。
作詞はPeter Gabrielが中心となり、英国的な児童文学や怪奇小説、ヴィクトリア朝の風俗から影響を受けた物語が紡がれている。Genesisの初期作品はしばしば「寓話的で残酷なファンタジー」と形容されるが、その代表例がこの曲である。Gabrielはステージで老人の仮面を被ってこの曲を演じ、Henryの亡霊が欲望を爆発させる姿を体現した。この演劇的な要素は、後のGenesisがライブ・バンドとして強烈な個性を放つ契機ともなった。
また、この楽曲はGenesisにとってプログレッシブ・ロック路線を確立する象徴的作品であり、以後の「Supper’s Ready」や「Firth of Fifth」といった大作群へと繋がる布石となった。オルゴール(ミュージカル・ボックス)という無邪気なアイテムを軸にしながら、死と性という普遍的で重いテーマを扱った点で、Genesisの芸術性を一気に押し上げたのだ。
3. 歌詞の抜粋と和訳
以下に「The Musical Box」の一部を抜粋し、原文と日本語訳を併記する。
(歌詞引用:Genius)
Play me my song
僕の歌を奏でてくれ
Here it comes again
また始まる
Old King Cole was a merry old soul
愉快な老王コール
And a merry old soul was he
彼は本当に愉快な老王だった
He called for his pipe, and he called for his bowl
彼はパイプとボウルを持ってこさせ
And he called for his fiddlers three
三人の奏者を呼び集めた
Why don’t you touch me, touch me,
なぜ触れてくれない、触れてくれ
Now, now, now, now, now…
今すぐに…
これらのフレーズは、Henryがオルゴールの中から現れ、少年としての記憶と老人としての欲望の間で錯乱する様子を描いている。童謡の引用と性的衝動の表現が混在し、無垢と背徳が背中合わせに並んでいるのが印象的である。
4. 歌詞の考察
「The Musical Box」は、一見すると怪奇譚の形を取っているが、その核心は「成長と時間」にある。Henryは死によって成長を奪われた存在だが、オルゴールによって急速に老いを経て蘇る。その姿は「子供が一気に大人になり、欲望に飲み込まれる」という寓話的表現に見える。
「Old King Cole」の童謡引用は、無垢な童年と性的衝動の対比を鮮やかに浮かび上がらせる。Gabrielは「触れてくれ」と執拗に繰り返すが、その叫びは欲望であると同時に、時間を取り戻せない存在の哀願でもある。
ここには「青春を失った者の嘆き」「無垢から堕落への転換」「欲望と死の不可分性」といったテーマが凝縮されている。Cynthiaに求める愛は決して成就せず、家庭教師が現れてオルゴールを壊した瞬間、Henryは再び消える。これは「欲望の発露は抑圧される」という寓話的結末であり、同時に「人間の根源的な孤独」の象徴とも言える。
音楽的には、牧歌的なイントロから始まり、静謐なアルペジオ、ハケットのギターによる劇的なフレーズ、コリンズの躍動的なドラム、そして全体を駆け抜けるダイナミズムが、「子供時代から死と欲望へ至る物語」を音で表現している。特に終盤の「Why don’t you touch me…」の絶唱は、Genesis初期を象徴する瞬間であり、後年まで語り継がれる名演である。
(歌詞引用:Genius)
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Supper’s Ready by Genesis
22分を超える大作で、寓話的な歌詞と複雑な展開が魅力。 - Firth of Fifth by Genesis
クラシカルなピアノとギターソロが際立つプログレの名曲。 - Dancing with the Moonlit Knight by Genesis
英国的な皮肉と叙情性を兼ね備えた代表曲。 - The Knife by Genesis
初期の攻撃的な側面を示す大曲で、「The Musical Box」と同じエネルギーを持つ。 - A Plague of Lighthouse Keepers by Van der Graaf Generator
物語性とドラマ性を重視した同時代のプログレ大作。
6. 「The Musical Box」の意義
「The Musical Box」は、Genesisがアート・ロックから真のプログレッシブ・ロック・バンドへと脱皮するきっかけとなった曲である。物語性、演劇性、音楽的複雑さが一体となり、後のステージ・パフォーマンスの方向性を決定づけた。
また、この楽曲における「死と欲望」「時間と成長の寓話」というテーマは、Genesisが単なる幻想文学的な歌詞世界にとどまらず、人間存在の深い問題に踏み込んでいたことを示している。
リリースから半世紀以上経った今でも、「The Musical Box」はGenesisのライブで象徴的に演奏されることが多く、プログレッシブ・ロックの金字塔として不動の地位を占めている。まさに、バンドの芸術性を一気に押し広げた記念碑的な一曲である。



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