イントロダクション
1980年代初頭のアメリカ西海岸。
煌びやかなシンセ・ポップやMTVの映像美が席巻するその裏で、The Motelsはより繊細で、より私的な“孤独のポップ”を鳴らしていた。
彼らのサウンドは、ジャズとロックとニューウェーブが交差する、まるでネオンに濡れたモーテルの一室のような響き。
そして何より、フロントウーマンであるマーサ・デイヴィスのハスキーでエモーショナルな声が、このバンドのすべてを物語っている。
バンドの背景と歴史
The Motelsは、1971年にロサンゼルスで結成されたが、最初の正式なレコーディング契約を得るのは1979年。
その頃には音楽性も固まり、メンバーも再編され、ボーカルのマーサ・デイヴィスを中心とするスタイルが確立されていた。
1980年にセルフタイトルのデビュー・アルバムをリリースし、以後数年間で『Careful』（1980）、『All Four One』（1982）、『Little Robbers』（1983）と立て続けにアルバムを発表。
「Only the Lonely」や「Suddenly Last Summer」などのヒット曲で全米チャートをにぎわせ、MTV時代における“影のある女性ヴォーカル”の象徴となった。
80年代後半にバンドは解散するが、90年代以降はマーサ・デイヴィスの主導のもと、断続的な再結成・活動が続いている。
音楽スタイルと影響
The Motelsの音楽は、ロックとニューウェーブのあいだを漂う、“都会的な孤独”を描いた音楽である。
スパイシーなギター、淡くかすんだシンセ、そして時折顔を出すジャズやラテンの香り。
そこにマーサ・デイヴィスのしっとりとしたヴォーカルが重なることで、The Motelsならではの“夜の湿度”が生まれる。
歌詞には、失恋、回想、すれ違い、不在といったテーマが頻出し、心の奥の“静かな痛み”に触れるような感覚をリスナーに与える。
エモーショナルではあるが決して激情的ではなく、泣き崩れる前の“ため息”のような感情の描き方が印象的である。
代表曲の解説
Only the Lonely（1982）
彼らの代表曲にして、全米トップ10にランクインした大ヒット。
マーサ・デイヴィスの吐息まじりの歌声が、“孤独”という言葉に艶と重みを与えている。
〈Only the lonely can play〉というフレーズは、人生における失敗や別れを経験した者だけが知る“遊び方”をほのめかす、詩的で残酷なラインだ。
暗がりのホテルロビー、冷えた窓ガラス、ひとりきりの夜――そのすべてが音像から立ち上ってくるような一曲。
Suddenly Last Summer（1983）
『Little Robbers』収録のミッドテンポ・バラード。
ふとした瞬間に訪れる“喪失感”と“時間の流れ”を、静かに、けれど深く描いた作品で、ラジオやMTVで繰り返し流された。
〈It happened one summer / It happened one time〉という冒頭のラインは、聴くたびに記憶の奥を引きずり出されるような感覚を呼び起こす。
夢と現実、記憶と現在が曖昧に交錯する、まさにポップ・ノワールの傑作である。
Total Control（1979）
デビュー作からの異色曲にして、バンドの芸術性を象徴する名曲。
パルスのように鳴るシンセ、緊張感のあるベースライン、そして抑制された感情が徐々に高まっていく構成。
歌詞では、“私はあなたを完全に支配したい”という強い欲望が描かれているが、それはセクシュアルであると同時に、依存と恐れの裏返しでもある。
その深い心理描写と構築美は、シンプルなラヴソングの域をはるかに超えている。
アルバムごとの進化
『The Motels』（1979）
ポストパンク的な緊張感と実験性が混ざったデビュー作。
「Total Control」など、バンドのアイデンティティがすでに明確に表れている。
『Careful』（1980）
前作よりもポップでメロディアスなアプローチへ。
とはいえサウンドには依然として陰影があり、スカスカとした空間の鳴りが印象的な一作。
『All Four One』（1982）
商業的ブレイクを果たしたアルバム。
「Only the Lonely」などヒット曲が生まれ、ポップ性と深みのバランスが非常に良い作品。
『Little Robbers』（1983）
音楽的に洗練され、ソウルやジャズの要素も随所に見られるアルバム。
「Suddenly Last Summer」をはじめ、成熟したサウンドメイクが光る。
影響を受けたアーティストと音楽
Pat BenatarやChrissie Hynde（The Pretenders）といった同時代の女性ロック・アーティストの系譜にありつつ、NicoやDusty Springfieldのような“悲しみを宿した声”にも共振している。
音楽的にはジャズ、ブルース、ニューウェーブ、パワーポップが下地になっており、David BowieやRoxy Musicの影響も感じられる。
影響を与えたアーティストと音楽
The Motelsのスタイルは、90年代以降の“内省的で感傷的な女性シンガー”たちに静かに影響を与えている。
Natalie Imbruglia、Aimee Mann、そしてLana Del Reyのようなアーティストにも、そのメランコリックな都市性は通じるところがある。
また、エレクトロ／シンセポップ勢の中にも、“脆さと力強さを両立させる女性ヴォーカル”の原点として彼女たちを挙げる声は少なくない。
オリジナル要素
The Motelsの最大の個性は、マーサ・デイヴィスの声にある。
それは単なる歌唱ではなく、“語り”であり、“嘆き”であり、“祈り”のようですらある。
そして、その声を包むサウンドは、常に湿度と空間を感じさせる構造を持っており、聴く者をまるで一篇の映画の中に誘い込むような効果をもたらしている。
彼女たちの音楽は、都会の片隅で感じる“どうしようもない孤独”を、決して大げさにせずに描ききった希有な例である。
まとめ
The Motelsは、表面的な派手さやヒット志向とは距離を置きながら、深く感情に根ざしたポップスを作り続けてきた。
その音楽は、夜の部屋にひとりでいるときにこそ響く。
恋に破れたあと、ふと何かを思い出したとき、もしくはただ静かに過ごしたい夜に――
The Motelsの音楽は、そっとそばに寄り添い、心の奥に触れてくれる。
それは、誰もが一度は泊まったことのある“モーテルの記憶”のように。
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