発売日: 2019年3月22日
ジャンル: インディーロック、ブリットポップ、オルタナティヴ・ポップ、リバイバルロック
概要
『The Modern Age』は、Sleeperが約21年ぶりにリリースした2019年の復帰アルバムであり、
90年代のブリットポップを生き抜いたバンドが、現代的な視点と過去への距離感を融合させた“再起の宣言”である。
1997年の『Pleased to Meet You』以来、長らく活動を休止していたSleeperは、2017年に再結成。
当初はノスタルジックなツアー活動に留まると見られていたが、
『The Modern Age』で彼らは“過去のコピー”ではなく、“今の自分たちの言葉と音”で新たな地平を描き出す意志を明確に示した。
アルバムタイトルが示す「現代(The Modern Age)」とは、
かつての“イット・ガール”が年齢を重ねた今、再び歌うことの意味。
セクシュアリティ、社会、関係、自己認識——それらが変化した時代に、ルイーズ・ウェナーの声が再び響くことの文化的意義は決して小さくない。
全曲レビュー
1. Paradise Waiting
再始動を高らかに告げるオープニング。
軽快なギターと跳ねるビート、“天国はまだ待っている”というリリックが再出発の予感を抱かせる。
2. Look at You Now
内省的で少し寂しげなサウンド。
“あの頃のあなたは今どう?”と問いかけるようなリリックは、過去と現在を重ね合わせる自己投影の鏡のようでもある。
3. The Sun Also Rises
ヘミングウェイの小説タイトルを冠した知的な楽曲。
終わらないサイクル、愛と絶望の繰り返しを、叙情的なアレンジとともに描く。
4. Dig
ソリッドなギターフックが特徴的。
“Dig”=掘る/理解する という二重の意味を持ち、人間関係や真実の探求をテーマにしている。
5. Blue Like You
本作のリードシングル。
キャッチーなメロディと甘酸っぱいコード進行が、Sleeperらしいポップ感覚を2010年代にも確かに伝えてくる名曲。
6. The Modern Age
アルバムのタイトル曲。
テクノロジー、加速する情報社会、複雑化する関係性に対して、一歩引いた視線と皮肉が漂う都会派ギターロック。
7. Cellophane
薄く透ける包み紙=仮面や防御壁を象徴するタイトル。
“私は透けて見える?”という問いに込められた、女性としての透明性と存在感の再定義。
8. Car into the Sea
“海に突っ込む車”という強烈なイメージ。
逃避、破壊、そしてカタルシスのメタファーとして、生き延びるためのラスト・ドライブが描かれる。
9. Don’t Ask Me to Do That
拒否と自己主張のバラード。
“それはもうできない”という歌詞が、成熟した女性の選択と限界を静かに肯定するように響く。
10. No-one Knows
“誰も知らない”という閉じたフレーズが繰り返されるエンディング。
それは謎や孤独ではなく、わからないことを抱えながら進む“現代のあり方”への理解と赦しとしての終章である。
総評
『The Modern Age』は、再結成バンドによくある“懐古的再演”ではなく、
“変わったこと”と“変わらなかったこと”の両方に誠実であろうとする、静かな勇気と品格に満ちたアルバムである。
90年代のSleeperが描いてきた恋愛や社会への皮肉は、
2010年代の現実の中でより内向きで、より優しい輪郭を帯びるようになっている。
ルイーズ・ウェナーの声は、かつてのように尖ってはいない。
しかしそのぶん、あらゆる「経験」と「沈黙」の厚みが音に深みを与えている。
音楽的には、初期のギターポップを踏襲しつつ、現代的なアレンジや抑制されたサウンドプロダクションによって、
ノスタルジーを武器にせず、“今を生きるバンド”としての自立を感じさせる。
おすすめアルバム
- Lush / Blind Spot EP
90年代UK女性バンドの再結成と成熟の記録として共振する。 - The Primitives / Echoes and Rhymes
往年のポップスを現代的に再構成したリバイバル作品。 - Natalie Imbruglia / Firebird
ポップなメロディと成熟したリリックを併せ持つ現代型SSWアルバム。 - The Auteurs / How I Learned to Love the Bootboys
ブリットポップ終末期の知性派が到達した苦味と深みの音。 -
Saint Etienne / Home Counties
ノスタルジーとモダンな感覚を両立させたUKポップの秀作。
歌詞の深読みと文化的背景
『The Modern Age』の歌詞は、90年代には語られにくかった“成熟した女性のまなざし”と“変化しゆく自己像”を、
優しく、しかし確固たる言葉で紡いでいる点で、きわめて現代的である。
「She’s a Good Girl」の反射のように、「Don’t Ask Me to Do That」では、
他者に求められる“理想の自分”を静かに拒否するという態度が、美しくも力強く表現される。
また、「Cellophane」や「Blue Like You」では、
女性が社会の中で“見えすぎる”ことと“見えない”ことの間で揺れ動く感覚が、透明な言葉で語られている。
このアルバムは、単なるカムバックではない。
ブリットポップの時代を生きた声が、“今を歌う理由”を改めて提示した、誠実で静かな革新の記録なのである。
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