発売日: 1993年3月29日
ジャンル: オルタナティヴ・ロック、パワー・ロック、ポストパンク
概要
『The Love of Hopeless Causes』は、New Model Armyが1993年にリリースした6作目のスタジオ・アルバムであり、フォーク色の強かった前2作から一転して、よりストレートなロック・サウンドに回帰した意欲作である。
この時期、バンドは長年在籍していたEMIを離れ、Epic Recordsと契約。本作はその第1弾リリースとして、“新たな地平への再出発”という側面も持っている。
アルバム・タイトルの「絶望的な大義への愛」というフレーズは、New Model Armyの一貫したテーマ──報われぬ闘争、敗北者への共感、そしてそれでもなお信念を貫く姿勢──を端的に表現している。
ここでは政治的な声明よりも、より個人的で情動的な視点から「闘い」を捉え直しており、音楽的にも重く、肉体的なロックへと回帰しているのが特徴的だ。
バイオリン奏者エド・アリットンが脱退し、よりギター主導の編成となったことで、楽曲はシンプルに、しかし力強く生まれ変わった。
1990年代初頭という、冷戦後の混沌と不確実性に包まれた世界の中で、本作はNew Model Armyの“信念を問い続けるバンド”としての姿勢を再定義する作品となった。
全曲レビュー
1. Here Comes the War
本作を象徴する、轟音のオープニング・トラック。
戦争という主題を、メタファーではなくストレートに突きつける硬派なナンバーで、「戦争がやってくる」という言葉が、メディア・操作・イデオロギーの暴走すべてに当てはまるように響く。
重たいギターリフとシンプルな構成が、逆に緊迫感を高めている。
2. Fate
運命と自由意志の関係を問うような哲学的なロック・チューン。
「選ばされたのか、自分で選んだのか?」という問いが、サビで何度も反響する。
ハードでドライなアンサンブルが、ジャスティン・サリヴァンの熱のこもったボーカルを引き立てる。
3. Living in the Rose
前曲までの攻撃性を一転させ、穏やかで詩的なトラック。
「薔薇の中で生きる」という比喩が、希望と痛みを同時に内包しており、優しさと苦味が同居するラヴソングでもある。
クリーンなギターの響きが美しい。
4. White Coats
病院、国家、軍隊などに共通する“制服を着た権力”をテーマにした社会批評的楽曲。
「白衣の連中が来るぞ」と歌うサビは、不安と皮肉が織り交ざった強烈なイメージを伴って響く。
初期の反権力的視点が、ここでより鋭く、批判的に回帰している。
5. Wonderful Way to Go
アルバム随一の叙情性を持つバラードで、死と再生、終末と安息がテーマ。
「素晴らしい死に方(Wonderful Way to Go)」という皮肉めいたフレーズが、静けさと壮大さを同時に帯びている。
鍵盤とギターのレイヤーが織りなすサウンドは、悲しみと美しさに満ちている。
6. Love Is Power
直球のタイトルが示す通り、「愛=力」というテーマを力強く掲げたラブ・ソング。
シニカルになりがちなNMAの中で、これはむしろ珍しい“希望”をストレートに掲げた曲でもある。
ロック・アンセムとしての風格を持ち、ライヴでも人気が高い。
7. Evil Ways
人間の“悪”が日常に潜むことを描くナンバー。
明確な敵を持たない現代における「邪悪」の形を、日々の中の選択や無関心に見出していく。
ミッドテンポのグルーヴが、じわじわと不安を醸成する。
8. The Song
自己表現と沈黙、語ることと語らないことについてのメタ的な楽曲。
「これは歌じゃない/いや、まさに歌なんだ」という反復が、芸術の意味を問いかけてくる。
構成はシンプルだが、詩的な重みは非常に深い。
9. My People
再録ではなく、タイトル違いの別曲。
人種、階級、国家を超えた“私の人々”への共感と祈りが込められたトラックで、本作におけるヒューマニズムの中心軸。
演奏は力強く、しかし激情ではなく穏やかな決意をたたえている。
10. Modern Times
時代そのものへのアンセム。
テクノロジー、資本主義、情報社会……そうした現代性に押し流される個人の視点から、“近代(モダン・タイムズ)”を冷静に見つめ直す。
最後にふさわしい強烈なメッセージソングである。
総評
『The Love of Hopeless Causes』は、New Model Armyがフォーク・ロックやケルト風味をいったん脱ぎ捨て、よりラウドで直接的なギター・ロックへと回帰した作品である。
しかしそこにあるのは、単なるロック的衝動ではなく、90年代という複雑な時代に向けた「静かなる怒り」と「人間へのまなざし」である。
“絶望的な大義”への愛は、敗北を恐れず、報われなくても立ち上がることへの賛歌。
ここにはヒロイズムではなく、むしろ“傷つきながらも信じ続ける”というNMAの本質が詰まっている。
本作以降、バンドはさらなる進化と深化を遂げていくが、『The Love of Hopeless Causes』はその名の通り、“勝てないと知りつつも、それでも闘うことの価値”を、静かに、力強く語っているのである。
おすすめアルバム(5枚)
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Manic Street Preachers / Gold Against the Soul
同時代のUKロックの中でも、文学性と激情が交差する作品。信念のロックという点で共通。 -
Pearl Jam / Vs.
政治と個人、怒りと誠実さを重ね合わせた90年代ロックの名盤。 -
Midnight Oil / Earth and Sun and Moon
社会的メッセージとメロディアスなロックの融合。世界と向き合う姿勢に通じる。 -
James / Laid
90年代UKオルタナの傑作。内面へのまなざしと繊細なサウンドが共通。 -
Billy Bragg / Don’t Try This at Home
メッセージ・ソングとラブ・ソングの境界を軽やかに越える誠実な表現。
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