
発売日: 2006年9月26日
ジャンル: オルタナティヴ・ロック、パワー・ポップ、アメリカーナ、ポスト・グランジ
概要
『The Lemonheads』は、バンドとしての名前を冠したセルフタイトル・アルバムであり、
1996年の『Car Button Cloth』から実に10年ぶりにリリースされた、The Lemonheadsの再始動作である。
長い沈黙のなかで表舞台から姿を消していたエヴァン・ダンドゥが、再び音楽に向き合い、
バンド名義での表現に回帰したこと自体が“事件”だった本作。
そして何より注目すべきは、Descendentsのベース、カール・アルヴァレズとドラム、ビル・スティーヴンソンを迎えた新体制である点だ。
結果としてこのアルバムは、初期のパンク精神と90年代のポップ・センスを両立させたサウンドに仕上がっており、
The Lemonheadsというバンドが**「過去の亡霊」ではなく、「今を鳴らす生身の存在」**であることを強く印象づけた。
全曲レビュー
1. Black Gown
復活第一声としては異様に攻撃的で、ノイジーなギターが印象的なパンク・チューン。
“黒いガウンをまとった君”というイメージに、喪失と誘惑、退廃が交錯する。
2. Become the Enemy
トム・モーガン作詞による佳曲で、自分がかつて嫌っていた存在に変わっていく怖さを描く。
叙情的なメロディと、乾いたギターの質感が美しいバランスで共存。
3. Pittsburgh
“ピッツバーグ”という地名に託された思い出の断片と逃避の感覚。
エヴァンの声の“かすれ”が特に感情の芯に届く名曲。
4. Let’s Just Laugh(再録)
『Car Button Cloth』にも収録されていた同名曲の再録版。
より硬質な演奏と新たな息吹が加わり、“あの頃の痛み”を更新するリプライズのよう。
5. Poughkeepsie
ダンドゥとモーガンの共作。
街と感情を結びつける歌詞の手触りが、Lemonheadsらしいロード・ソングの叙情性を感じさせる。
6. Rule of Three
三段論法的に話が進んでいく、どこか皮肉めいた短編ソング。
歪み気味のギターと疾走感が、“戻ってきたLemonheads”を強く実感させる。
7. No Backbone
タイトル通り、“背骨のない奴”=無気力・無責任な相手に対する怒りをぶつけた曲。
ハードコア寄りのサウンドが、初期Lemonheadsのパンク性に通じる瞬発力を見せる。
8. Baby’s Home
アルバム中最も異色かつ長尺(5分以上)の曲で、物語性が非常に強い。
恋人が家に戻ってこない理由を探る男の語りが、だんだんとサスペンス調に変化していく。
一種の**“不在をめぐるアメリカン・ゴシック”**ともいえる。
9. In Passing
力の抜けたフォーク・パンク調の佳曲。
“通りすがりの会話”のような歌詞が、一瞬に残る感情の名残りを描く。
10. Steve’s Boy
カール・アルヴァレズ作の短い曲で、メロディック・パンク風。
Lemonheadsとしては異色だが、アルバムの**“再起のバンド感”を象徴する1曲**とも言える。
11. December
寒い季節と孤独、過去への想いが重なるバラード。
“12月”という月に託された静かな絶望と希望が、優しいアルペジオに包まれている。
総評
『The Lemonheads』は、バンドにとってもエヴァン・ダンドゥ個人にとっても、“帰還”の意味を持つ作品である。
だがこのアルバムが単なる懐古主義ではなく、しっかりとした現在進行形の音楽になっているのは、
新たなメンバーとの化学反応と、ダンドゥ自身の老成が見事に交差したからだ。
90年代のような過剰な輝きはない。
けれど、そこには**「それでも歌いたいことがある」人間の声音**が確かに刻まれている。
本作の最大の魅力は、“壊れてもまだ鳴っている”音楽の強さだ。
迷いも傷も隠さないまま、The Lemonheadsはこのアルバムで再び立ち上がったのである。
おすすめアルバム
- J Mascis + The Fog『More Light』
オルタナ・レジェンドの静かな再出発作。成熟とノイズの共存が共鳴。 - Paul Westerberg『Mono/Stereo』
ポール・ウェスターバーグによる一人ユニット的作品。個人性と荒削りな美が通じる。 - Frank Black『Honeycomb』
元Pixiesのブラック・フランシスによる内省的アメリカーナ・ロック。 - Guided by Voices『Half Smiles of the Decomposed』
ローファイ・ポップの雄による遅れてきた成熟。Lemonheadsの復帰と響き合う。 - Dinosaur Jr.『Beyond』
2000年代に再始動した名バンドによる、“年齢を重ねてもロックできる”証明。
ファンや評論家の反応
本作はリリース当時、「原点回帰と静かな進化が同居する」と批評家から高く評価された。
「If I Could Talk I’d Tell You」のような明快なヒットはないものの、
アルバム全体が持つ誠実さと芯の強さに、多くのリスナーが心を打たれた。
特に、「The Outdoor Type」「Into Your Arms」などでエヴァンに共鳴した世代のファンからは、
「この10年を経たからこそ聴きたかった音楽」として受け止められた。
『The Lemonheads』は、時代を先導する作品ではない。
だが確かに、**時代を越えて“そっとそこにいる音楽”**なのである。
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