イントロダクション
1980年代、エコーとリバーブが支配する英国の音の風景に、The Icicle Worksは突如として現れた。
煌めくギターとエモーショナルなヴォーカル、そしてどこか神話的な広がりを持つサウンド。
彼らの音楽は、U2の高揚感とEcho & the Bunnymenの神秘性、そしてアメリカン・ハートランドロックのスケール感が融合したような、不思議な立ち位置にあった。
そして何より、彼らには“詩”があった。
バンドの背景と歴史
The Icicle Worksは1980年、リヴァプールにてイアン・マクナブ(Vo/G)を中心に結成された。
バンド名は、アメリカの短編小説『The Day the Icicle Works Closed』に由来し、文学的で幻想的な世界観を漂わせていた。
1983年に発表したシングル「Love Is a Wonderful Colour」でUKチャートのTop20入りを果たし、翌1984年にはセルフタイトルのデビュー・アルバムをリリース。
その豊かな音響と、ドラマティックなメロディ展開は当時のネオサイケ/ポストパンクシーンでも異彩を放った。
バンドはその後も数枚のアルバムを発表するが、商業的な成功には波があり、1990年に事実上の解散。
イアン・マクナブはソロ活動を通じて、シンガーソングライターとしての評価を高めていく。
音楽スタイルと影響
The Icicle Worksの音楽には、いくつかの極が同居している。
ひとつは、幻想的で空間的な音像。
ディレイの効いたギター、シンセのパッド、リバーブに包まれたヴォーカル――それらは、リヴァプールの曇天と霧の向こうにある夢を描いていた。
もうひとつは、イアン・マクナブの情熱的な歌声。
ときに魂を振り絞るように、ときに囁くように。
彼の歌唱には、イギリス的抑制とアメリカ的昂揚が不思議と共存していた。
さらに、歌詞の詩的な表現も特筆すべき点である。
恋愛だけでなく、風景や記憶、宗教的な暗喩や寓話を散りばめたリリックは、ポップスの域を超えた文学性を備えていた。
代表曲の解説
Love Is a Wonderful Colour
バンド最大のヒット曲。
美しいギターフレーズと、スケール感のあるサウンドが特徴で、恋の感情を“色彩”という比喩で捉えている。
〈Love is a wonderful colour / I can feel it inside〉というサビの高揚は、感情が音に昇華する瞬間を完璧に捉えている。
まるで曇り空の向こうに広がる光のスペクトルを聴くような、美しくドラマティックな一曲。
Birds Fly (Whisper to a Scream)
アメリカでの代表曲。
怒りと哀しみが入り混じるようなパンク寄りの攻撃的な曲調に、静かなイントロと語りが対比をなす構成。
生命、喪失、再生といった抽象的なテーマを孕みつつ、キャッチーなメロディで聴き手を惹きつける。
UK盤とUS盤でイントロが異なるのも特徴的で、アメリカでは語り部分をカットしたラジオ・フレンドリーなバージョンが支持された。
Understanding Jane
1986年の『If You Want to Defeat Your Enemy Sing His Song』収録のシングル。
よりギターロック寄りのストレートなアプローチで、バンドのサウンドが力強く変化していることを示す曲。
恋人の謎めいた心理を解き明かそうとする視点が、軽快なリズムの中にもどこか哀しみを感じさせる。
アルバムごとの進化
『The Icicle Works』(1984)
デビュー作にして最も知られるアルバム。
「Love Is a Wonderful Colour」「Birds Fly」など代表曲を収録し、詩的でドラマティックな音世界を確立した。
『The Small Price of a Bicycle』(1985)
英国版のみリリースのセカンド・アルバム。
より内省的で複雑な楽曲が多く、アレンジにも民族音楽的な要素が見られる。
マクナブの文学的志向がさらに顕著になった作品でもある。
『If You Want to Defeat Your Enemy Sing His Song』(1987)
アメリカ市場を意識したプロダクションと、ギターロック寄りのアレンジが際立つ。
一方で、タイトルが示すように“敵を倒すにはその歌を歌え”という寓話的メッセージも込められており、思想的な深みも健在。
影響を受けたアーティストと音楽
U2、Echo & the Bunnymen、The Waterboysといった同時代の“エピック・ロック”系バンドと共鳴しつつ、Bob DylanやNeil Youngなどアメリカン・フォークロックの影響も見られる。
また、Van MorrisonやLeonard Cohenのような文学的ソングライターからの影響も、イアン・マクナブの詞に色濃く現れている。
影響を与えたアーティストと音楽
The Icicle Worksの詩的で情熱的な作風は、後年のインディー・ロックやポストブリットポップ勢にも受け継がれている。
Snow Patrol、Starsailor、The Veilsのようなバンドにとって、彼らは“叙情性とギターロックの架け橋”のような存在であった。
オリジナル要素
The Icicle Worksは、その音楽に“スケール”と“詩情”を同時に宿すことができた稀なバンドである。
一見シンプルなギター・バンドでありながら、内に秘めた構成の巧みさと物語性は、聴けば聴くほど深みを増す。
また、イアン・マクナブのヴォーカルは、感情を丁寧にすくい上げながらも、ときに爆発するような激しさを帯びていて、それが彼らの音楽に人間的な温度を与えていた。
まとめ
The Icicle Worksは、決して“時代の顔”にはならなかった。
だが彼らの音楽は、80年代の空気の中にあって、特別な光を放っていた。
詩人のような眼差しで風景を切り取り、愛や喪失を歌に変えていくその手つきは、今聴いても胸を打つ。
まるで冷たい霧の中に立ち現れる、ひとすじの光のように。
それが、The Icicle Worksの響きなのである。
コメント