
発売日: 2015年6月30日
ジャンル: オルタナティブロック、スペースロック、ポストグランジ、アートロック
概要
『The Heart Is a Monster』は、Failureが1997年に解散してから18年の沈黙を破り、2015年にリリースした復活作にして通算4作目のスタジオ・アルバムである。
タイトルが示すように、“心は怪物である”という比喩的命題を軸に、感情・記憶・喪失・依存といった内的テーマを、再びスケールの大きなサウンドスケープで描き出した“帰還と深化のアルバム”である。
1996年のカルト名盤『Fantastic Planet』から続く宇宙的かつ内省的なサウンドは本作でも健在であり、“Segue”シリーズの続編が複数収録されるなど、明確にあの世界観の延長線上にある作品と位置づけられている。
それでいて、ケン・アンドリューズとグレッグ・エドワーズを中心としたバンドの成熟が、よりメロディアスで構造的なアプローチと、現代的な音響美学へと昇華されている点が特筆される。
全曲レビュー
1. Segue 4
インストゥルメンタルによる幕開け。
『Fantastic Planet』から続く“セグエ”シリーズの続章であり、幽玄なノイズと残響が聴覚的宇宙へと誘う。
2. Hot Traveler
重いベースとパンチのあるギターが交差するミドルテンポのナンバー。
“旅人”というモチーフが、物理的ではなく心理的移動として描かれる。
内面に向かう逃避行。
3. A.M. Amnesia
リードトラックのひとつ。
メロディアスでありながら不穏なハーモニーが特徴的で、“午前の記憶喪失”という時間と意識の境界をテーマにした、醒めた夢のような一曲。
4. Snow Angel
本作のバラード的ポジション。
タイトルの“スノーエンジェル”は、純粋性の象徴でありながら、すぐに消えてしまう脆さも同時に孕む。
5. Atom City Queen
グラムロックの影響も感じさせるユニークな楽曲。
“原子都市の女王”というSF的モチーフを使い、空想的だがアイロニカルなポップ構造で描く。
6. Segue 5
一瞬のノイズと空間の切断。
アルバム全体を一枚の構造体として捉えるFailureの美学がここでも反映されている。
7. Counterfeit Sky
本作最大のハイライトの一つ。
“偽りの空”という象徴が、人生の幻影・現実の薄さをメロディックに描く。
疾走感のあるビートと浮遊するギターが美しく交錯。
8. Petting the Carpet
アングラ的なユーモアと破壊的サウンドの融合。
歌詞には不安定な精神状態と儀式的な奇行が暗示され、サイケデリックとグランジの合流点のような曲。
9. Mulholland Dr.
映画『マルホランド・ドライブ』の影響を色濃く感じさせるサイケデリック・バラード。
記憶と夢が交錯するロサンゼルス的悪夢。
10. Fair Light Era
シンセを活かしたスペーシーなトラック。
テクノロジーと郷愁が交錯し、“フェアライト=過去の未来”を描いたノスタルジックな音像。
11. Otherwhere
“Elsewhere(他所)”ではなく“Otherwhere”。
現実逃避ではなく、もはや現実自体がどこか分からない心理状態を音で表現。
12. Segue 6
前作と同じく、物語を繋ぎつつ歪ませる短い無重力空間。
13. I Can See Houses
Ken Andrewsのヴォーカルが強く前面に出た感傷的な一曲。
“遠くの家が見える”という視点が、喪失と距離のメタファーとして機能する。
14. Heliotropic (Live Acoustic)
『Fantastic Planet』の象徴曲のアコースティック版を収録。
“太陽に向かう植物”というコンセプトが、今作の感情的エピローグとして再提示される。
総評
『The Heart Is a Monster』は、“カルトバンドの復活作”という枠に収まらず、むしろFailureが“今この時代にこそ必要な音”を届けた作品である。
彼らが培ってきた“感情の構造化”と“音の物語化”は、時代遅れではなく、むしろ過剰な刺激と情報に満ちた現代において“静かなる知性”として輝く。
本作は、過去作の“宇宙”を引き継ぎながらも、地球の重力=日常の重さと優しさに引き戻されるような感覚がある。
それゆえにこのアルバムは、“帰還”であると同時に“再出発”でもある。
おすすめアルバム
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重力感ある音像と空間的リリックの共鳴。 - Deftones / Koi No Yokan
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轟音と詩情を共存させた90sオルタナティブの隠れ名盤。
歌詞の深読みと文化的背景
『The Heart Is a Monster』というタイトルが示すように、本作に貫かれているのは、“感情とは手に負えないものであり、それでも付き合っていくしかない”という大人の実存哲学である。
“宇宙”はもはや外にあるのではなく、自分の内側に広がるものとして再構築されている。
このアルバムは、感情が過剰になることを恐れず、むしろその混沌をひとつの音楽宇宙にする、Failureならではの再起動の物語なのである。
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