発売日: 1982年7月
ジャンル: ロック、アダルトコンテンポラリー、シンガーソングライター
概要
『The Envoy』は、ウォーレン・ジヴォンが1982年に発表した5作目のスタジオアルバムであり、
国際政治、個人的な愛憎、社会の矛盾を鋭く切り取った意欲作である。
前作『Bad Luck Streak in Dancing School』のダークな世界観を受け継ぎながら、
本作ではより政治色の強いテーマにも踏み込んでいる。
特にタイトル曲「The Envoy」では、
当時の中東外交におけるアメリカの特使フィリップ・C・ハビブを題材に、
冷戦時代の国際情勢を風刺的に描いてみせた。
プロデューサーはウォーレン・ジヴォン自身と、旧友グレッグ・ラディアニ。
ゲストにはドン・ヘンリー、リンジー・バッキンガム、グラハム・ナッシュなどが参加している。
商業的には成功せず、レーベルとの契約も打ち切られる結果となったが、
この作品に込められた鋭い観察眼と冷徹なユーモアは、
後年ますます高く評価されている。
全曲レビュー
1. The Envoy
アルバムタイトル曲。
中東問題を背景に、外交官という孤独な存在をシニカルに描く、
ジヴォンらしい知的なロックナンバー。
2. The Overdraft
経済破綻と個人的破滅を重ね合わせた、皮肉たっぷりのアップテンポナンバー。
ジャジーなタッチがユニーク。
3. The Hula Hula Boys
ハワイを舞台にした異国情緒あふれるナンバー。
リゾート地に漂う虚無感と自己喪失がテーマになっている。
4. Jesus Mentioned
エルヴィス・プレスリーへの哀悼と信仰を織り交ぜた、
しっとりとしたゴスペル調バラード。
ジヴォンの内面的な側面が静かに滲む一曲。
5. Let Nothing Come Between You
ラブソングの形を借りた、信頼と裏切りをテーマにした軽快なポップチューン。
6. Ain’t That Pretty at All
怒りと絶望を爆発させた、アグレッシブなハードロックナンバー。
ジヴォンの荒々しい一面がむき出しになっている。
7. Charlie’s Medicine
ドラッグディーラーの死をテーマにした、シニカルで冷たいバラード。
死をも淡々と歌うジヴォンらしい冷徹さが印象的。
8. Looking for the Next Best Thing
夢破れた者たちの現実逃避を、
軽快なリズムに乗せて皮肉たっぷりに描いたナンバー。
9. Never Too Late for Love
アルバムラストを飾る、優しく希望に満ちたバラード。
暗いトーンの多い本作の中で、
唯一、救いと再生を仄かに示す楽曲となっている。
総評
『The Envoy』は、ウォーレン・ジヴォンが
個人の絶望と世界の混沌を、鋭いペンと冷笑的な眼差しで描き切った作品である。
『Excitable Boy』で見せたブラックユーモア、
『Bad Luck Streak in Dancing School』で深めた内省的な叙情性。
それらをさらに推し進めた結果、
本作では個人と社会、希望と破滅の境界線を曖昧に溶かし込むような表現に到達している。
商業的には失敗に終わったが、
『The Envoy』は、
時代の幻滅と個人の無力感を鋭く切り取った、隠れた名盤なのである。
おすすめアルバム
- Warren Zevon / Sentimental Hygiene
ジヴォンが80年代後半に復活を遂げた力強いアルバム。 - Randy Newman / Trouble in Paradise
80年代のアメリカ社会を皮肉たっぷりに描いた知性派ポップアルバム。 - Bruce Springsteen / Nebraska
個人の絶望とアメリカの闇を静かに歌った、スプリングスティーンの異色作。 - Elvis Costello / Imperial Bedroom
愛と社会の混乱を濃密に描いた、ポップ職人の大作。 - Tom Waits / Swordfishtrombones
80年代に独自のスタイルを確立したトム・ウェイツの実験的名盤。
歌詞の深読みと文化的背景
1982年――
アメリカはレーガン政権下で経済復興の光を見せながらも、
冷戦の緊張、都市の荒廃、社会的分断に揺れていた。
『The Envoy』に流れるのは、
そんな**”勝者なき世界”**への冷ややかな視線である。
「The Envoy」では、
外交官たちが操る政治劇の空しさを、
「Charlie’s Medicine」では、
ドラッグカルチャーの終焉と死を、
「Looking for the Next Best Thing」では、
夢を見失った人々の現実逃避を――
ウォーレン・ジヴォンは、
時代に絶望しながらも、
なおも人間の哀しさと滑稽さに寄り添う視線を失わなかった。
『The Envoy』は、
そんな彼の、
世界への最後の静かな抵抗を刻んだアルバムなのである。
コメント