1. 歌詞の概要
「The Community of Hope」は、PJ Harveyのアルバム『The Hope Six Demolition Project』(2016年)の冒頭を飾る楽曲であり、その直截的な歌詞と社会批評性によって、リリース当初から大きな話題と議論を呼んだ作品である。
この曲が描いているのは、アメリカ・ワシントンD.C.の再開発地域――特に“Hope VI”と呼ばれる都市住宅再建計画の対象となった地域の風景である。
語り手は、地元の活動家によって案内された“現実”を、そのまま口述筆記するかのように、簡潔で鋭い言葉で記録していく。
「ここは精神病院/あそこはクラックの巣窟/向こうは売春婦の道」――そんなリズムとともに、PJ Harveyは街の一断面を切り取る。
「They’re gonna put a Walmart here(ここにウォルマートを建てるそうよ)」というラインに象徴されるように、この曲は「コミュニティの希望」という名のもとに行われる再開発と、それに伴う排除や分断、そして文化の喪失をアイロニカルに描いている。
2. 歌詞のバックグラウンド
「The Community of Hope」は、HarveyがワシントンD.C.に滞在中、ジャーナリストのPaul Schwartzman(『The Washington Post』記者)に同行しながら現地を視察した体験に基づいている。
歌詞の大部分は、そのツアー中に実際に語られた言葉からほぼそのまま構成されており、リアルな都市描写としての力強さを持つ。
しかしそのリアルさこそが、地元住民――特にD.C.南東部の政治家やコミュニティリーダーたち――から「侮辱的で一面的」「外部の者が決めつけた視点だ」として批判された。
Harveyの視点は明確に“観察者”としての距離を保っており、だからこそこの曲は“啓蒙”でも“感傷”でもない。
そこにあるのは、都市と政治と人間が絡み合う“現代の風景”の冷徹な記録であり、それを音楽として提示するという挑戦的な構造なのである。
3. 歌詞の抜粋と和訳
出典:genius.com
Here’s the highway to death and destruction
これが「死と破壊」へと続くハイウェイよSouth Capitol is a road to the soul of the nation
サウス・キャピトル通り、それは国家の魂への道This is the only way, lead to Anacostia
この道だけがアナコスティアに続いているThey’re gonna put a Walmart here
この辺りにはウォルマートが建つらしいわHope Six demolition project
「ホープ・シックス 再開発計画」だって
「希望」を掲げたこの再開発計画は、果たして本当に“希望”なのか。
Harveyはその名の下に行われる“破壊”と“再建”の二面性を、静かに、しかし痛烈に暴いている。
4. 歌詞の考察
「The Community of Hope」は、PJ Harveyというアーティストの“記録者としての倫理”が最も色濃く表れた楽曲である。
彼女はここで“誰かの声を代弁する”のではなく、“見たまま、聞いたまま”を音楽として提出している。
それゆえ、この曲はジャーナリズムと詩、音楽と政治、観察と表現の境界を曖昧にしていく。
「Hope(希望)」という言葉が持つ前向きな響きとは裏腹に、その裏側にある暴力性――コミュニティの“清掃”という名目で進められる再開発、生活の追い出し、そして都市が失っていく多様性と歴史――が、皮肉とともに浮き彫りにされている。
Harveyのボーカルはあくまで淡々としていて、情緒的な要素は排されている。
それは、怒りや涙ではなく、“観察された現実”をただそこに置くという意志の表れでもある。
この楽曲が引き起こした賛否両論も含めて、「The Community of Hope」はアートが社会とどう向き合うべきかという問いを私たちに突きつける。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Chain of Keys by PJ Harvey
同じく『The Hope Six Demolition Project』収録。コソボで出会った老女と鍵束が語る、土地と記憶の物語。 - The Ministry of Defence by PJ Harvey
軍と街、国家と個人をめぐる詩的な断章。音楽が記録となる手触りが共通する。 - All the Tired Horses by Bob Dylan
言葉を極限まで削ぎ落としながら、国家と無言の暴力を象徴した異色作。 - America Is Waiting by David Byrne & Brian Eno
再構築された音と言葉によって、アメリカの混沌を音響で描いた先鋭的な作品。 - Strange Fruit by Billie Holiday
アーティストが“記録者”となることの最も象徴的な例。痛みを伝える構造は時代を超える。
6. 希望は誰のものか ― 都市、記憶、そして再開発の詩学
「The Community of Hope」は、単なる社会批判の楽曲ではない。
それは“記録”であり、“記憶”であり、“誰が都市を語るのか”という問いへの応答である。
PJ Harveyはここで、主観と客観、アートとドキュメントのあいだに足をかけ、都市という巨大な身体の上に刻まれた“傷跡”に触れている。
都市はただ新しくなればいいのか?
そこに住んでいた人の記憶や文化は、誰が語るべきか?
「The Community of Hope」は、その問いを音楽というかたちで残している。
それは聴き手に“希望”を委ねるのではなく、“希望”という言葉を検証するための余白なのだ。
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