アルバムレビュー：The Black Hole Understands by Cloud Nothings

発売日: 2020年7月3日
ジャンル: パワーポップ、インディー・ロック、ローファイ

概要
全曲レビュー
総評
おすすめアルバム（5枚）
制作の裏側（Behind the Scenes）
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概要

『The Black Hole Understands』は、Cloud Nothingsが2020年のパンデミック下でリリースした自主制作アルバムであり、「自宅録音」という制約の中で生まれた、バンド史上もっともメロディアスで親密な作品である。

録音は、フロントマンのディラン・バルディ（Dylan Baldi）とドラマーのJayson Geryczの2人だけによって、完全リモートで行われた。
バルディがフィラデルフィアの自宅で全楽器とヴォーカルを録音し、それをクリーブランドに住むジェイソンに送り、彼がドラムを追加して完成――というDIY精神の極致とも言える制作体制が取られている。

本作には、前作『Last Building Burning』や『Attack on Memory』のようなノイズや怒り、混沌はない。
その代わりにあるのは、柔らかく、フックに満ち、内省的で、どこか夢の中のようなローファイ・ポップ。
「ブラックホールにもわかってくれる」という詩的なタイトルが示すように、孤独と親密さ、虚無と希望が共存するささやかな作品なのだ。

全曲レビュー

1. Story That I Live

軽快なビートとファズのかかったギターで幕を開ける。
「僕が生きている物語」というタイトルからは、孤独な現実を物語化し、乗り越えようとする意志が見える。
パンデミックの中で書かれたとは思えないほどポジティブなエネルギーに満ちている。

2. The Sound of Everyone

ややドリーミーなギターとバルディの優しい歌声が印象的。
「誰もが同じ音を鳴らしている」ような感覚――閉塞的な日常のなかでの連帯感や、無力さの共有がテーマかもしれない。

3. An Average World

サイケデリックなギターリフと、弾むようなベースが心地よい。
世界が“普通すぎる”と歌いながらも、その“普通”の中に美しさを見出そうとするような静かな視線を感じる。

4. A Weird Interaction

曖昧なコード感と浮遊するようなヴォーカルが、まるで夢の中のやりとりのよう。
「奇妙なやりとり」という言葉が、画面越しのコミュニケーションを指しているのか、あるいは内面との対話を意味しているのか、解釈は多様に開かれている。

5. Tall Gray Structure

やや陰鬱なトーンで、淡々と繰り返されるコード。
“高く灰色の建物”という比喩には、隔離された都市や無機質な社会が重ねられており、COVID時代の都市風景の情緒が反映されている。

6. A Silent Reaction

最小限のアレンジで進行するナンバー。
「沈黙による反応」という逆説的なタイトルが示すように、言葉にならない感情、説明できない距離感を音で描いている。

7. The Mess Is Permanent

本作でもっとも明るく、ポップなエネルギーを放つ一曲。
「混乱は永続する」というラインも、どこか開き直ったようなユーモアが漂い、逆説的に前向きな力を感じさせる。

8. Right on the Edge

軽やかに駆け抜ける2分弱のショートチューン。
“ギリギリの場所”というテーマは、精神的な境界を示すだけでなく、パンデミック下における日常の不安定さも反映しているように思える。

9. Memory of Regret

曇ったギターとどこか切ないメロディが交差する、感傷的な一曲。
“後悔の記憶”というテーマが、バルディの声に乗ってリアルに響き、リスナー自身の記憶をも呼び起こす。

10. The Black Hole Understands

アルバムのタイトル曲にしてクロージングナンバー。
ふわふわとしたギターサウンドに乗せて、「ブラックホールにも分かってもらえる」というフレーズが繰り返される。
それは、誰にも届かないような孤独な声が、それでもどこかに“共感されるかもしれない”という希望を繋ぎ止める魔法の言葉である。

総評

『The Black Hole Understands』は、Cloud Nothingsにとっての**“内なる日常”の記録**であり、世界が停止した2020年において彼らなりの“希望のかけら”を鳴らした作品である。
音の厚みや怒りの爆発は抑えられているが、その代わりに生まれたのは、優しさ、儚さ、そして手触りのある親密さだった。

本作は“傑作”というより、“記録”であり、“心象スケッチ”であり、一人の人間の部屋の中から宇宙へと届こうとする私信のようなものだ。
演奏も録音もラフだが、だからこそリスナーの耳にそっと寄り添うことができる。

“Black Hole（ブラックホール）”という比喩に込められたものは、おそらく理解されないことへの不安と、それでも繋がりたいという願いだろう。
その願いが、この静かなローファイ・ポップの中で、見えない光を放っている。

制作の裏側（Behind the Scenes）

『The Black Hole Understands』は、完全な自主制作としてCOVID-19パンデミックの最中に生まれた。
フィラデルフィアの自宅で録音した音源を、インターネットでクリーブランドのドラマーに送り、ドラムを乗せて完成――というリモートコラボレーションによる初の試みが実現された。

このアルバムは、バンドとしての継続が困難になる中でも、創作の火を絶やさないという意志そのものだった。
実際、ディラン・バルディは「この作品は自分たちが“まだバンドである”と確認するために必要だった」と語っている。

つまり、『The Black Hole Understands』は、Cloud Nothingsという名前を冠しながらも、“Cloud Nothingsが最も人間らしかった瞬間”を切り取った作品なのだ。
誰にも届かないと思った言葉が、ブラックホールの奥で共鳴する――それこそが、この作品の核にある希望なのである。