イントロダクション
ニュージーランド・オークランドの澄んだ海風と、部屋の隅で揺れる不安がひとつのコードに結ばれる。
The Beths は、疾走感あふれるパワーポップを軸にしながら、緻密な転調と重層コーラスでリスナーの胸を静かに締めつける四人組だ。
デビュー作『Future Me Hates Me』でインディーロック新世代の旗手となり、2022 年の『Expert in a Dying Field』で成熟と切実さを同時に提示。
本稿では、ジャズ学科出身の彼らがいかにして“数学的メロウ”を鳴らし、世界のフェスを席巻するまでに至ったのかを追いかける。
バンドの背景と歴史
2014 年、オークランド大学ジャズ科の同級生だったエリザベス・ストークス（Vo/Gt）、ジョナサン・ピアース（Gt）、ベン・シンクレア（Ba）、イヴ・コムフォード（Dr）が結成。
授業で学んだコード理論を忘れたふりで、青春漫画のようなパワーポップに飛び込んだのが始まりだ。
2016 年、『Warm Blood EP』の手売りカセットが地元FMでパワープレイされ、ニュージーランド・ミュージック・アワード新人部門を受賞。
2018 年『Future Me Hates Me』で本格デビューすると、Pitchfork をはじめ海外メディアが“メロディと計算の理想的融合”と絶賛。
パンデミックを挟んで 2020 年の２作目『Jump Rope Gazers』、2022 年の３作目『Expert in a Dying Field』へと歩みを止めず、今やCoachella と Glastonbury の両方に名を連ねる存在となった。
音楽スタイルと影響
The Beths の核は、ジャングリーなツインギターとタイトなドラムが刻む８ビート。
そこにエリザベスのクリアなボーカルが重なり、サビで三声ハーモニーが一気に開花する。
メジャーキーからマイナーへ滑り込む転調、リズムを一拍だけ食うブレイク――ジャズで鍛えた理論が“無邪気なフック”へ巧みに変換される。
影響源は The Breeders のラフな疾走、Weezer の青臭い切なさ、Shins のハーモニーワーク。
しかし歌詞はニュージーランド特有のウィットと孤独が交差し、海沿いの静けさと都会の焦燥を同時に抱える。
代表曲の解説
- Future Me Hates Me
リリース直後からファンアンセム化。二分半で四つのモジュレーションを挟みつつ、サビの〈未来の私が今の私を嫌ってもいい〉という自嘲が爆発する。 - Dying to Believe
スネア一発で曲に雪崩れ込み、ギターが三連符カッティングを刻む。パンデミック下での“会えないもどかしさ”を疾走ビートに乗せる。 - Jump Rope Gazers
タイトル曲にして初のスロウバラード。ピアノとリバーブギターが広がり、愛を“縄跳びで息を合わせる瞬間”に喩える詩情が胸を打つ。 -
Expert in a Dying Field
最新期を象徴。音楽オタクの“愛と喪失”を、ハンドクラップと泣きのギターソロで包み込み、〈死にゆく分野の専門家〉という比喩で自己矛盾を突く。
アルバムごとの進化
| 年 | 作品 | 特徴 |
|---|---|---|
| 2016 | Warm Blood EP | ジャングリーギターとガレージ録音の初々しさ。青春の尖りがダイレクト |
| 2018 | Future Me Hates Me | 転調とハーモニーが爆発。恋と不安を軽快に疾走させる |
| 2020 | Jump Rope Gazers | 中盤にバラードを配し、サウンドスケープを拡張。ロード中の孤独を描く |
| 2022 | Expert in a Dying Field | パンク寄り疾走とドリームポップの余白を併存。作家性が一段深化 |
影響を受けたアーティストと音楽
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The Breeders と Belly――女性ボーカル90sオルタナの切実さ
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Weezer（初期）――パワーコードと泣きメロの配置
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Elliott Smith――細かなコードボイシングと陰影
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NZ 先輩バンド The Clean――ダニーディーンサウンドの素朴な温度
影響を与えたシーン
The Beths の成功後、オークランド周辺では“計算されたハーモニー×パンク速度”を掲げるバンドが急増。
さらに米西海岸DIYシーンが彼らのハンドクラップブリッジを真似し、TikTok では〈#BethsHarmonyChallenge〉が拡散。
同国観光局は2023 年に公式プレイリストへ彼らの曲を採用し、“NZ インディー＝爽快で知的”というイメージを世界へ発信した。
オリジナル要素
- ライブでのコーラス分担ゲーム
観客を左右に分け、バンドが三声目を乗せて即興合唱を完成させる参加型演出。 -
数式タイトルのデモ配布
「Song 3.14159」といった仮題のデモをBandcampで限定販売し、ファンが正式タイトルを予想する遊びを展開。 -
ツアーバス・レイテンシーレコーディング
走行中バス内でミックス作業を行い、路面振動をあえて微細なピッチ揺れとして残し“移動のリアル”を刻印。
まとめ
The Beths は、数学のように精緻なコード進行と、放課後の教室で鳴るようなガヤガヤしたバンドサウンドを両立させ、聴く者の“青春の残響”を呼び覚ます。
ギターが走り出し、コーラスが重なり、ドラムが一拍だけタメる瞬間――そこに生まれる小さな震えこそ、彼らが提示する〈今を生きる不器用さ〉の証だ。
新作ではどんな方程式とエモーションを掛け合わせるのか。
海沿いの風と都会のノイズを抱え込み、The Beths の旅はまだ続く。
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