アルバムレビュー:The Beatles (White Album) by The Beatles

発売日: 1968年11月22日
ジャンル: ロック、フォーク、アヴァンギャルド、ポップ、ブルース


白という名の混沌——解体と再構築の二枚組叙事詩

The Beatles、通称“ホワイト・アルバム”は、1968年にリリースされたビートルズの9作目のスタジオ・アルバムにして、最も多面的かつ実験的な作品である。
真っ白なジャケットにバンド名だけがエンボス加工されたこのアルバムには、サイケデリックの時代を経て“素”の表現に立ち返ったような、極めて個人的な作品群が収められている。

全30曲というボリュームに、統一感はない。
だがそれが本作の本質でもある。インド滞在から持ち帰ったフォークソング、過激なノイズ、音楽劇、ラブソング、ブルース、子守唄、政治風刺——ありとあらゆる“ビートルズ”がここには存在する。

メンバー間の関係性はこの頃すでに崩壊寸前。
だがその緊張が逆に創造性を爆発させたのかもしれない。
“解体”の過程でしか生まれない美しさと痛みが、この白いキャンバスには描き込まれている。


全曲レビュー(Disc 1)

1. Back in the U.S.S.R.

ビーチ・ボーイズ風のコーラスとロックンロールが融合した、ジョンとポールの“アメリカン・ソ連”パロディ。
滑走路を走るような勢いとユーモアに満ちている。

2. Dear Prudence

インドで心を閉ざしたプルーデンス・ファローを優しく呼びかけるジョンの名曲。
アルペジオと浮遊感が心地よく、霧のように美しい一曲。

3. Glass Onion

過去曲へのメタ的言及がちりばめられた、ジョンの遊び心全開のナンバー。
混乱をあえて招くような歌詞が、ポストモダン的でもある。

4. Ob-La-Di, Ob-La-Da

ポールが持ち込んだスカ風ポップ。
バンド内では不評だったが、キャッチーなメロディは今も根強い人気を誇る。

5. Wild Honey Pie

30秒ほどのノイズ的断片。
ポールのふざけ心と実験精神が詰まった奇妙な小品。

6. The Continuing Story of Bungalow Bill

母親と一緒にトラ狩りに行った“アメリカ人青年”を風刺するジョンの曲。
ヨーコ・オノもコーラスに参加。

7. While My Guitar Gently Weeps

ジョージ・ハリスンの最高傑作のひとつ。
クラプトンによる泣きのギターが、愛と無常の情景を深く染め上げる。

8. Happiness Is a Warm Gun

ジョンによる組曲的展開の楽曲。
性愛、暴力、宗教のイメージがコラージュのように押し寄せる。

9. Martha My Dear

ポールが飼っていた犬に捧げた(とされる)愛らしいピアノポップ。
メロディの美しさと軽妙な構成が光る。

10. I’m So Tired

ジョンの不眠と倦怠感がそのまま音になったような曲。
後半の“Paul is dead”説のきっかけともなった逆再生パートも話題に。

11. Blackbird

黒人女性の公民権運動への共感を、鳥の比喩で表現したポールの名曲。
ギターと鳥の声のみというシンプルな構成が、深い静けさを生む。

12. Piggies

ジョージによる風刺ソング。
中産階級と体制を“ブタ”になぞらえるブラックユーモアが効いている。

13. Rocky Raccoon

西部劇風の語り口で展開されるコミカルな一曲。
ポールの物語創作能力が楽しく炸裂している。

14. Don’t Pass Me By

リンゴが初めて単独で書いた曲。
素朴なカントリー調と彼のボーカルがほっこりと響く。

15. Why Don’t We Do It in the Road?

ポールの原始的ロックナンバー。
動物の交尾から着想を得たともされる衝動的な叫び。

16. I Will

シンプルで甘いラブソング。
ポールの無垢なメロディセンスが映える。

17. Julia

ジョンが亡き母とヨーコへの思いを重ねて歌った極私的なバラード。
アコースティック一本の伴奏が、言葉以上の親密さを伝える。


全曲レビュー(Disc 2)

1. Birthday

ロックンロールの祝祭。
シンプルな構成ながら、荒削りなエネルギーに満ちている。

2. Yer Blues

ジョンの鬱屈と死の衝動がブルース形式で吐き出される。
「Yes, I’m lonely…」というフレーズが重く響く。

3. Mother Nature’s Son

自然賛歌的なポールのフォークソング。
トランペットの音色が牧歌的な雰囲気を引き立てる。

4. Everybody’s Got Something to Hide Except Me and My Monkey

スピード感あふれるジョンのロックンロール。
ビートルズ流のカオスと脱構築。

5. Sexy Sadie

インドでの“導師”への失望をジョンが皮肉たっぷりに描写。
ピアノとコーラスが妖艶な雰囲気を醸す。

6. Helter Skelter

ポールによる“世界一うるさいロック”への挑戦。
ハードロックの先駆ともいえる荒れ狂うサウンド。

7. Long, Long, Long

ジョージのスピリチュアルな小曲。
幽玄な音像とささやくような歌声が余韻を残す。

8. Revolution 1

ジョンの政治的ステートメント。
シングル版とは異なるスロウなアレンジが特徴。

9. Honey Pie

1920年代風ミュージックホールへのオマージュ。
ポールのノスタルジーが優雅に響く。

10. Savoy Truffle

ジョージが友人クラプトンの“甘党”ぶりをからかった曲。
ブラスが活躍するファンキーな仕上がり。

11. Cry Baby Cry

おとぎ話のような世界観を持つジョンの小品。
チェンバロ風の伴奏と柔らかなメロディが幻想的。

12. Revolution 9

断片的SEと逆再生、無意味な語りが続くアヴァンギャルドの極地。
ジョンとヨーコによる“音のコラージュ”で、賛否分かれる問題作。

13. Good Night

リンゴが歌うララバイで幕を閉じる。
フルオーケストラと静かな旋律が、壮大な混沌のあとに優しさを残す。


総評

The Beatles (White Album)は、統一感や構築美を追求したSgt. Pepper’sとは真逆のアプローチを取った、“バラバラの豊かさ”を体現する作品である。
それぞれのメンバーが個別の表現を追求しながらも、それが一つの大きな物語を形成している。
むしろ、この断片性こそがビートルズというバンドの実体なのかもしれない。

音楽的にはフォーク、ブルース、ハードロック、実験音楽まで幅広く、その多様性は後進のミュージシャンたちに計り知れない影響を与えた。
このアルバムを聴くということは、ビートルズという巨大な森を歩くことに似ている。
道に迷い、驚き、笑い、そして時に立ち止まる——そのすべてが“芸術”という言葉にふさわしい体験なのだ。


おすすめアルバム

  • Exile on Main St. by The Rolling Stones
     ——多様性と混沌の美学を継承したストーンズの二枚組傑作。

  • Tusk by Fleetwood Mac
     ——分裂と創造の狭間で生まれた個性派アルバム。

  • Electric Ladyland by The Jimi Hendrix Experience
     ——ブルースとサイケの極地、同時代のもう一つの二枚組大作。

  • Blonde on Blonde by Bob Dylan
     ——文学的表現とジャンルの越境を融合させたディランの傑作。

  • Red Rose Speedway (Deluxe) by Paul McCartney and Wings
     ——ポールの断片主義が復活した幻の二枚組案に基づくリマスター版。

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