That’s Not My Name by The Ting Tings(2008)楽曲解説

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1. 歌詞の概要

「That’s Not My Name」は、イギリスのポップ・デュオ、The Ting Tingsによる2008年のヒット曲であり、自己主張とアイデンティティの混乱をテーマに据えたアグレッシブなアンセムである。この楽曲の主人公は、自分の存在が無視されたり、名前すら正しく呼ばれなかったりすることに苛立ちを感じている。その怒りやフラストレーションを、反復的で挑発的な言葉で強く打ち出すことで、個人としての「名前」を取り戻そうとする。

歌詞の構造は非常に直接的で、サビにおける「They call me ‘hell’ / They call me ‘Stacey’ / They call me ‘her’ / They call me ‘Jane’ / That’s not my name!」という一節が象徴的である。ここでの「名前」は、単なる呼び名ではなく、自己認識や尊厳、社会的認知を表すメタファーとなっている。主人公が本当の名前で呼ばれず、モノのように扱われることに対する反抗心が全編にわたって噴き出している。

2. 歌詞のバックグラウンド

The Ting Tingsは、マンチェスター出身のケイティ・ホワイト(ボーカル、ギター)とジュールズ・デ・マルティーノ(ドラム、マルチ・インストゥルメンタリスト)による2人組で、「That’s Not My Name」は彼らのデビューアルバム『We Started Nothing』(2008年)からのセカンド・シングルとしてリリースされた。

この曲はイギリスで爆発的な人気を博し、UKシングルチャートで1位を獲得。インディー・ポップ、パンク、ダンスの要素を掛け合わせたアグレッシブなスタイルは、当時のポップスシーンの中でも異彩を放っていた。

バンドのインタビューによれば、この曲は音楽業界での扱われ方や、女性アーティストとしてのアイデンティティに対するフラストレーションから生まれたという。周囲から名前を間違えられたり、曖昧なイメージで扱われることへの反発が、そのままサウンドと歌詞に結実している。

3. 歌詞の抜粋と和訳

印象的なフレーズを抜粋し、日本語訳を添えて紹介する。

They call me ‘hell’
 私は“地獄”と呼ばれる

They call me ‘Stacey’
 “ステイシー”と呼ばれる

They call me ‘her’
 “あの女”と呼ばれる

They call me ‘Jane’
 “ジェーン”と呼ばれる

That’s not my name
 でもそれは私の名前じゃない

Are you calling me darling?
 あなた、私のこと“ダーリン”って呼んでるの?

Are you calling me bird?
 “かわいこちゃん”って呼んでるの?

That’s not my name
 でもそれは、私の名前じゃないのよ

引用元:Genius Lyrics – The Ting Tings “That’s Not My Name”

4. 歌詞の考察

この楽曲は、一見シンプルでユーモラスなリズムを持ちながらも、女性の自己同一性の問題、無視されることの屈辱、そして命名されることの暴力性といった、フェミニズム的な視点を内包している。

「名前を呼ばれない」という経験は、社会の中で声を持てない者の象徴であり、無視されることによって存在を否定される感覚と直結している。語り手は、周囲の人間が自分を勝手な呼び名でラベリングしようとする中で、「私には私の名前がある」という強い意志を言葉で押し返す。

歌詞の中では、自己否定や劣等感を抱えていた過去も仄めかされるが、それを乗り越える形で、リズムと叫びによって自らの存在を肯定していく。そのプロセスは、まるで名前を取り戻す“儀式”のようでもあり、聴き手に対しても「自分の声を持て」と訴えかけてくる。

また、繰り返しが多用されている構成は、一種の強迫観念的な心理状態を反映しており、何度も“それは私の名前じゃない”と繰り返すことで、抑えられてきた声が解放されていく様子を描いている。これは単なるキャッチーなサビではなく、反復による自己主張の強化なのである。

※歌詞引用元:Genius Lyrics – The Ting Tings “That’s Not My Name”

5. この曲が好きな人におすすめの曲

  • Shut Up and Let Me Go by The Ting Tings
     同じアルバムからのもう一つのヒット曲。別れをテーマにしたナンバーだが、こちらも痛快な自己主張に満ちている。

  • So What by P!nk
     破壊的なエネルギーと自己肯定感が爆発するアンセム。ポップ・パンク的な感情表現が共通。
  • Paper Planes by M.I.A.
     社会的ラベリングに対する反抗をテーマにした一曲。ジャンルを横断する斬新なサウンドも印象的。

  • U + Ur Hand by P!nk
     “女性は誰かの所有物じゃない”という強烈なメッセージが、「That’s Not My Name」とシンクロする。

6. ポップカルチャーにおける“匿名性”への反抗

「That’s Not My Name」は、当時のポップシーンの中で、名前すら正しく扱われない“匿名性”への怒りを、キャッチーなリズムと共に叩きつけた挑発的な作品だった。特に女性アーティストに向けられるステレオタイプや名づけの暴力に対し、「私は誰でもない、私は“私”だ」というメッセージは、2000年代後半のポップカルチャーにおける自己主張の文脈とも強くリンクしていた。

TikTokなどのSNSで近年再評価される中でも、この曲は若い世代の“声を上げたい”という欲求と親和性が高く、時代を超えて響き続けている。匿名で済まされる時代だからこそ、名前を持つこと、名乗ることの意味を再認識させてくれる、痛快で意義深い一曲である。

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