
発売日:2003年4月15日
ジャンル:Pop / Contemporary R&B / Pop Rock
概要
Kelly Clarksonが2003年に発表したデビュー・スタジオ・アルバムがThankfulである。2002年に第1回『American Idol』で優勝し、優勝直後のシングル「A Moment Like This」で広く知られたClarksonが、テレビ番組の勝者から一人のレコーディング・アーティストへ移る最初の作品となった。制作にはClif Magness、Rhett Lawrence、The Underdogsら複数のプロデューサーが参加し、Clarkson自身も「The Trouble with Love Is」など数曲の作詞作曲に加わっている。
後のBreakawayで確立するギター中心のポップ・ロックとはかなり異なり、本作は2000年代初頭のポップとコンテンポラリーR&Bを軸にしている。打ち込みのビート、滑らかなキーボード、ゴスペル風コーラスを使う曲が多く、Christina AguileraやMariah Carey以後の歌唱力を重視したポップの流れにも近い。一方、Clarksonの声にはロックへ向くざらつきと強さがすでにあり、整ったR&Bプロダクションから時折はみ出すような勢いが聞こえる。
歌詞は恋愛の始まりと終わり、自尊心、感謝など比較的普遍的な題材が中心である。アルバム全体に明確な物語があるというより、デビュー時点のClarksonがどのタイプの曲を歌えるのかを幅広く提示する構成に近い。そのため後年の作品ほど本人の音楽的な個性は統一されていないが、力強い高音だけでなく、R&B的な細かな節回しや抑えたバラードまでこなすボーカリストとしての能力がよく見える。
全曲レビュー
1. 「The Trouble with Love Is」
ピアノとオルガンを中心にしたソウル/ゴスペル調の曲で、華やかなダンス・ポップではなくClarksonの声からアルバムを始める。愛は幸福だけでなく、判断を狂わせたり傷を残したりするものだという両面性を歌い、サビではバック・コーラスとともに声量を一気に広げる。終盤へ向かうほど歌唱の熱が上がる構成によって、オーディション番組出身という説明がなくても歌手としての強みが伝わるオープニングだ。
2. 「Miss Independent」
硬いビートとギター、電子音を組み合わせたアップテンポ曲で、本作の方向を決定づけた代表曲である。恋愛に頼らず生きてきた人物が、誰かを好きになることで自分の防御を崩されていくため、タイトルの「自立した女性」は単純な勝利宣言ではない。ヴァースでは言葉を細かく刻み、サビではClarksonが長い音を強く伸ばす。R&B的なリズムとロック向きの歌声がぶつかるところに、後の彼女へつながる個性が見える。
3. 「Low」
乾いたギターを取り入れ、前2曲よりアメリカン・ポップ・ロックへ近づく。失恋後の落ち込んだ状態を扱うが、静かに泣き続けるのではなく、サビでは感情を外へ放出するように声を強める。Clarksonの少しハスキーな中音域が特に生きており、滑らかなR&B曲とは違う自然さがある。翌作でギター・ロックへ大きく進むことを考えると、その方向がすでに最も明瞭に聞こえる一曲である。
4. 「Some Kind of Miracle」
Babyfaceらが作曲に関わった、王道のコンテンポラリーR&Bバラード。思いがけず得た愛を「奇跡」と捉える歌詞を、柔らかなキーボードと段階的に厚くなる伴奏で包む。Clarksonは序盤では声量を抑え、後半で高音を解放するため、曲そのものの穏やかさを壊さずに歌唱力も見せられる。制作陣の色が比較的強い曲だが、若いClarksonが正統派バラードをどう歌うかという意味ではよく機能している。
5. 「What’s Up Lonely」
孤独そのものへ話しかけるようなタイトルが特徴で、別れた後も居座り続ける寂しさを擬人化している。軽く跳ねるR&Bビートが使われるため、歌詞ほど沈んだ音にはならず、Clarksonもリズムへ細かく言葉を置いていく。相手本人ではなく「孤独」に去ってほしいと訴えることで、よくある失恋曲に少し違った視点を与えている。本作におけるR&B寄りの歌唱を聞くには分かりやすい曲だ。
6. 「Just Missed the Train」
Danielle BriseboisとScott Cutlerによる楽曲のカバーで、関係が終わるタイミングを「列車に乗り遅れた」イメージへ重ねる。アレンジはギターを生かしたミドルテンポで、Clarksonは過度な装飾を避けながら言葉を丁寧に運ぶ。終わってしまった関係を取り戻そうと大騒ぎするのではなく、わずかなタイミングのずれを受け入れるような寂しさが残る。「Low」と同じく、彼女とポップ・ロックの相性の良さを示している。
7. 「Beautiful Disaster」
惹かれている相手が魅力的であると同時に、自分や周囲を傷つけかねない不安定さを持つことを歌う。ピアノとギターを使った比較的落ち着いた伴奏により、タイトルの鮮やかさより歌詞の複雑な感情が前へ出る。語り手は相手を単純に救えるとも、すぐ捨てるべきだとも言い切らず、その危うさを見つめ続ける。後にライブ版でも再び取り上げられる、初期Clarksonの重要なバラードである。
8. 「You Thought Wrong」
Tamyra Grayとのデュエットで、一人の男性に欺かれていた二人の女性が互いを敵視せず、本人へ怒りを向ける。二人がリードを交換し、後半では強い声を重ねるため、歌詞の対決構造がそのままボーカル・アレンジになる。ビートも本作の中では攻撃的で、R&Bのデュエット/対話形式を生かしている。恋愛相手をめぐる女性同士の競争へ向かわないところが、題材の扱いとしても面白い。
9. 「Thankful」
タイトル曲では恋愛だけに焦点を絞らず、自分を支えてくれる存在への感謝を歌う。ゴスペルやソウルを意識した温かなコーラスがClarksonの声を囲み、サビでは個人の告白から共同体的な高揚へ広がっていく。複雑な比喩を使わない歌詞だからこそ、声の強弱が意味を担っている。「The Trouble with Love Is」で始まったソウル的な要素を、より肯定的な形でアルバム後半へ戻す曲だ。
10. 「Anytime」
ゆっくりしたテンポとピアノを中心に、必要なときにはいつでも相手のそばにいるという無条件の支えを歌う。前半ではClarksonの声を近く聞かせ、終盤に向けて伴奏とコーラスを大きくする典型的なパワー・バラードの構成である。曲調自体には時代らしい定型性もあるが、弱い声から力強い高音まで一曲の中で自然につなげられるため、ボーカリストとしての技術がよく分かる。
11. 「A Moment Like This」
『American Idol』優勝曲として発表されたバラードで、夢見ていた特別な瞬間が実現した驚きと幸福を歌う。ピアノから始まり、ドラムやストリングス風の伴奏が加わって巨大なサビへ進む作りは、オーディション番組のクライマックスに適したものだ。アルバムの他曲よりも「勝者の歌」という背景が強いが、Clarksonの高音と感情の高まりを広い聴衆へ伝えた出発点として外せない。
12. 「Before Your Love」
恋を知る以前と以後で世界の見え方が変わったという内容を、ストレートなバラードとして聞かせる。「A Moment Like This」と同時期に世に出た曲だけに、本作のR&B的な新方向よりデビュー当初の正統派ポップ色が濃い。Clarksonは終盤で声を大きく広げるが、中心にあるのは覚えやすい旋律である。アルバムは実験的な結論ではなく、彼女のキャリアが始まった地点へ戻るように締めくくられる。
総評
Thankfulは、後年のKelly Clarkson像が最初から完成していたアルバムではない。R&B、ソウル、ポップ・ロック、テレビ番組型のパワー・バラードが並び、制作陣によって曲の質感もかなり変わる。その意味では一人のアーティストによる統一された声明というより、非常に優れた新人歌手にどの方向が最も似合うのかを探している作品に近い。
その探索の中心で、最後まで揺らがないのがClarksonの声である。「Some Kind of Miracle」ではR&Bらしい滑らかな節回しを聞かせ、「Low」ではギターに負けないざらついた声を出し、「Anytime」では典型的な大バラードを高音まで押し上げる。技巧は豊富だが、単に長い音や高い音を見せるだけではなく、ヴァースを抑えてサビを大きく感じさせる強弱の作り方がすでに巧い。
一方、アルバム後半にはバラードが多く、2000年代初頭のメジャー・ポップで頻繁に使われたアレンジも少なくない。そのため後の作品から振り返ると、Clarkson自身の個性より「実力派新人歌手」という枠が先に聞こえる場面がある。しかし「Miss Independent」「Low」「Beautiful Disaster」では、その枠から外へ出ようとする声の強さやロックとの相性が明瞭である。この部分が翌作で大きく発展することになる。
したがってThankfulの面白さは、完成形より出発点にある。『American Idol』という巨大なテレビ番組から生まれた歌手が、用意された楽曲を歌うだけの存在から、自分で曲作りにも関わるポップ・アーティストへ移ろうとしている。R&B路線がその後の中心にはならなかったとしても、本作で試した多様な歌唱はClarksonの基礎になった。デビュー時の圧倒的な声と、まだ定まりきっていない音楽的方向性が同時に記録された一枚である。
おすすめアルバム
Breakaway by Kelly Clarkson
2004年の次作。ギターを中心としたポップ・ロックへ軸足を移し、「Since U Been Gone」などでClarkson自身の強い声質と楽曲の方向が一致した。Thankfulで見えていた可能性が、明確なスタイルへ変わる過程を確認できる。
My December by Kelly Clarkson
2007年作。より暗く荒いロックへ踏み込み、Clarkson自身の作詞作曲を大幅に増やした。デビュー作の制作陣主導の幅広いポップと比べると、本人がアルバムの感情とサウンドを強く統率するようになった変化が分かる。
Stripped by Christina Aguilera
2002年作。R&B、ソウル、ロック、バラードを横断しながら、強いボーカルを中心に成人したポップ・アーティスト像を作った。同時期のThankfulが置かれていた「歌唱力重視の女性ポップ」という環境を理解しやすい。
Can’t Take Me Home by P!nk
2000年作。デビュー時にはR&B色の強い制作を採用し、その後ロック寄りのポップへ方向を変えた。Clarksonとは経緯も声の個性も異なるが、初期のR&B路線から本人に適したロックへ進んだキャリアには興味深い共通点がある。
Songs in A Minor by Alicia Keys
2001年作。ピアノ、R&B、ソウルを中心に、若い歌手の声と曲作りを前面へ出したデビュー作である。Thankfulより作者としての統一感は強いが、2000年代初頭に古典的なソウル歌唱を現代のポップ/R&Bへ接続した重要な比較対象となる。

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