発売日: 2021年11月5日
ジャンル: ポップ、アダルト・コンテンポラリー、ダンス・ソウル
概要
『Thank You』は、Diana Rossが2021年に発表した22年ぶりのオリジナル・スタジオ・アルバムであり、同時に彼女のキャリアを締めくくる“感謝の手紙”のような作品である。
80代に差しかかろうとする年齢で、なお現役で創作に向き合い続けるRossの姿勢は、ポップ・ミュージックの歴史においても極めて稀であり、本作はまさにその集大成であると同時に、未来への贈り物でもある。
プロデュースには、現代ポップ/R&Bのトップクリエイターである**Jack Antonoff(Taylor Swift, Lana Del Rey)やTroy Miller(Amy Winehouse, Gregory Porter)**を迎え、サウンドはレトロなソウルの温もりと現代的ミニマリズムが絶妙に調和している。
タイトルの「Thank You」はそのまま、ファン、音楽、人生への感謝を意味しており、アルバム全体を通してDiana Rossの“人間としての声”が静かに、しかし確かに響いてくる。
全曲レビュー
1. Thank You
表題曲にしてアルバムの中心的メッセージ。
ミディアムテンポのソウル・ポップに乗せて、「ここまで導いてくれたすべての人へありがとう」と語るように歌うRossの声は、柔らかく、そして穏やか。
重ねた人生がにじむ、静かな感動のオープニング。
2. If the World Just Danced
グローバルなビートとパーカッションを取り入れた、リズミカルなダンス・チューン。
「世界が踊れたら、もっと良くなるはず」というメッセージは、コロナ禍を経た世界に対するRossなりの願い。
ポジティブなエネルギーが満ちた、希望のアンセム。
3. All Is Well
クラシカルなピアノとストリングスを基調にしたバラード。
「すべてうまくいってるよ」と、自分自身にも、リスナーにも語りかけるような包容力を持つ。
どこまでも優しい、癒しの楽曲。
4. In Your Heart
ソウル・バラードに近い構成で、「あなたの心の中に私はいる」という存在証明的な歌。
声の震えや間の取り方に、Rossの語り手としての力量が垣間見える。
5. Just in Case
「万が一、心が折れそうになったら、私の声を思い出して」というリリックが印象的な、シンプルなポップ・チューン。
最小限のアレンジが、Rossの声の温もりを際立たせている。
6. The Answer’s Always Love
平和や理解を求めるメッセージソング。
“答えはいつだって愛なのよ”という、まさにRossらしい言葉が、ゴスペル調のコーラスとともに繰り返される。
クラシックなソウルと現代的希望感の融合。
7. Let’s Do It
ゆったりとしたファンクグルーヴの上で、「一緒にやろうよ」と促すようなナンバー。
音楽を通じた連帯、というテーマが込められた柔らかなミディアム・テンポ。
8. I Still Believe
人生や愛への“信じる気持ち”を綴ったバラード。
失ったものがあっても、まだ信じている――そんな思いがこもった、穏やかで力強い曲。
9. Count on Me
「頼っていいのよ」という励ましの言葉が繰り返される、温かなソウル・ポップ。
Rossが“心のそばにいる誰か”として歌う姿が浮かぶような、寄り添う楽曲。
10. Tomorrow
「明日はきっと良くなる」というメッセージに満ちたエンディング前の楽曲。
軽やかなアコースティックギターの響きが、未来を優しく照らす。
11. Beautiful Love
穏やかなメロディとコーラスに支えられた、美しい愛の情景を描くバラード。
どこまでも自然体なRossの歌唱が心に沁みる。
12. Time to Call
最終曲にして、“もう呼びかけるときがきた”という静かな決意が込められたミディアム・バラード。
幕引きにふさわしい温かさと清々しさを持つ。
総評
『Thank You』は、Diana Rossが音楽と人生に対して贈る**“祝福と感謝のアルバム”である。
全編にわたり、愛、癒し、連帯、希望といったポジティブなメッセージが一貫しており、これは単なる“カムバック作”ではなく、「いま、この世界に必要な声とは何か?」という問いに対するRossの答え**だといえる。
驚異的なのは、彼女の声の質感。
年齢を重ねたことで生まれた少しのかすれや深みは、むしろ曲にリアリティを与え、まるで母のような、友人のような、人生の先輩のような語りとしてリスナーに響いてくる。
“歌うこと”はRossにとって、表現というよりも“生きること”に近い。
本作は、その人生の積み重ねが音として昇華された、まさに一生分の「ありがとう」が詰まったアルバムなのである。
おすすめアルバム(5枚)
- 『A Brand New Me』 / Aretha Franklin(2017)
過去の歌唱を新たにオーケストラと再構築した、晩年の“再創造”作。 - 『Dancing with the Devil…The Art of Starting Over』 / Demi Lovato(2021)
人生を乗り越えた先の音楽という文脈で共通する意識。 - 『Still On My Mind』 / Dido(2019)
静かでパーソナルな回帰を志向した作品としての共鳴。 - 『Home for Christmas』 / Dolly Parton(2020)
感謝と包容力がテーマのレイト・キャリア作品。 - 『Evermore』 / Taylor Swift(2020)
Jack Antonoffとの共作による、語りかけるようなバラード世界がリンク。
ビジュアルとアートワーク
『Thank You』のジャケットでは、微笑みながら正面を見つめるDiana Rossが、金色の光に包まれている。
それはまるで“彼女自身が贈り物”であるかのような光景であり、長年のリスナーへの感謝と、これから出会う人々への祝福が、ビジュアルにも象徴されている。
Diana Rossはこのアルバムで、自らの物語を一度「句読点」で区切った。
そしてその句読点には、こう書いてある――“Thank You.”
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