Tarifa by Sharon Van Etten(2014)楽曲解説

1. 歌詞の概要

「Tarifa(タリファ)」は、Sharon Van Etten(シャロン・ヴァン・エッテン) が2014年にリリースした4枚目のアルバム『Are We There』の終盤に収録された楽曲であり、彼女の作詞作曲家としての成熟を示す、美しくも痛切なラブソングです。スペイン最南端の都市名を冠したこの曲は、遠く離れた場所にいる相手への思い、愛と自由の間で揺れる感情、そして不在がもたらす不安と願望が繊細に織り込まれています。

「Tarifa」は、シャロン特有の内面に沈みこむようなリリックと、暖かく広がるメロディが絶妙に融合した作品であり、聴く者を記憶と感情の地図のなかへと連れていく詩的な旅路でもあります。

2. 歌詞のバックグラウンド

「Tarifa」が書かれた背景には、シャロン自身が当時抱えていた複雑な恋愛関係と、ツアーによる孤独、距離のある関係性の持つ儚さが色濃く反映されています。彼女はこの曲について、ある日自分がツアーの途中に感じた“現実逃避の衝動”をもとに作られたと語っています。

タイトルの「Tarifa」は、スペインとモロッコのあいだに位置する港町であり、地理的な“境界”の象徴ともなっており、恋人との関係がどこか「もうひとつの大陸」にあるような遠さを感じさせるメタファーになっています。また、シャロンが長年続けていた関係に終止符を打つ前の、愛と別れのはざまにあった感情の静かな揺らぎが、この曲には漂っています。

3. 歌詞の抜粋と和訳

以下に「Tarifa」の印象的な一節と和訳を紹介します:

“I can’t wait ‘til we’re afraid of nothing
I can’t wait ‘til we hide from nothing”

「恐れるものなんて何もない、そんな日が来るのを待ちきれない
何にも隠れずにいられる日を」

“I want my scars to help and heal
I want my past to go away”

「この傷が、誰かを癒す力になってほしい
過去が、いつか消えてくれるように」

“I’ll never know if there’s someone to come
I’ll never know if I’m alone”

「誰かが来てくれるのか、私にはわからない
私は本当に一人なのか、答えもわからない」

引用元:Genius Lyrics

ここでは、未来への願いと現在の迷い、そして過去の痛みを乗り越えたいという切実な心情が静かに描かれています。

4. 歌詞の考察

「Tarifa」の歌詞は、決して派手ではなく、むしろ言葉を削ぎ落とした静かな祈りのようです。シャロンは、相手との間にある距離を否定するのではなく、**受け入れることで心の中に起こる“静かな変化”**を描こうとしています。

たとえば、“I want my scars to help and heal”というフレーズには、過去の傷を単なる痛みとしてではなく、他者や自分を癒す力に変えたいという意志が込められており、これは彼女の全キャリアを通して貫かれる主題でもあります。また、“I can’t wait ‘til we’re afraid of nothing”というリリックは、理想の関係性への希求と、現実の脆さとの対比を静かに提示しています。

「Tarifa」という地名は、歌詞の中では直接的に登場しませんが、タイトルとして据えられていることで、“現実から遠く離れた場所”や“心の逃避先”としての意味合いが付与され、聴く者の想像力をかきたてます。これは恋愛関係における“心の避難場所”であり、愛を信じたいけれど信じきれない不安な心の風景でもあります。

5. この曲が好きな人におすすめの曲

  • Holocene by Bon Iver
    自己と宇宙、愛と孤独の交差点を淡々と描いた静かな名曲。
  • Sullen Girl by Fiona Apple
    痛みを抱えながらも再生を希求する女性の視点が美しく重なる。
  • Canvas by Imogen Heap
    感情の痕跡と再構築を、詩的な言葉と浮遊するメロディで表現したバラード。
  • All I Want by Joni Mitchell
    恋愛の中で自己を見失いそうになる瞬間を鋭く、繊細に歌った名作。
  • Love More by Sharon Van Etten
    シャロン自身のもう一つの代表的バラード。愛と傷の関係性を静かに描く。

6. 特筆すべき事項:音と風景が融合する“詩的地図”としての存在

「Tarifa」は、そのタイトルからして地名と感情を結びつけた詩的表現であり、まるで音楽による風景画のような趣を持っています。曲全体に流れるウォームなオルガン、軽やかなギター、穏やかなドラムは、リスナーを実際に「Tarifa」という場所に連れていくような効果を持ち、歌詞が語らない感情を音が補完しています。

また、アルバム『Are We There』の中でこの曲は、感情的なクライマックスを迎えた後に現れる静けさと受容の瞬間を担っており、シャロンの作家性の幅広さを感じさせる1曲です。歌うことが癒しであり、旅であり、告白でもあるということを、「Tarifa」は静かに教えてくれます。


**「Tarifa」**は、喪失と愛、願いと受容が交錯する、繊細で深い感情の旅路です。派手な展開や感情の爆発はありませんが、その代わりに、心の奥で静かに流れている本当の気持ちをすくい取るような言葉と音が、聴く者に静かに寄り添います。この曲を聴くとき、人は誰しも“自分だけのTarifa”へ旅しているのかもしれません。音楽が、地図にはない場所へ導いてくれることを、シャロン・ヴァン・エッテンはこの1曲で証明しているのです。

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