1. 歌詞の概要
「Tafsir Mistik(タフシール・ミスティック)」は、インドネシアのガレージ・サーフロック・バンド The Panturas(ザ・パンチュラス) が2019年にリリースしたデビューアルバム『Mabuk Laut』に収録された楽曲であり、タイトルの意味はインドネシア語で「神秘の解釈」または「秘教的な注釈」を意味する。
この曲が描くのは、未知なるものへの恐怖と魅惑、そして精神と現実の境界が曖昧になるような儀式的・幻覚的な体験である。歌詞は明快なストーリーを追うというより、呪文やポエトリーのように、抽象的で暗示的な言葉が重ねられており、“理性の崩壊”や“覚醒”といったスピリチュアルなテーマが中心に据えられている。
その世界観は、オカルティックでサイケデリック、かつ東南アジア的な民俗信仰の美意識と結びついており、バンドが掲げる“アジアン・サーフサイケ”という音楽美学の核を体現した1曲となっている。
2. 歌詞のバックグラウンド
The Panturasは、インドネシア・バンドン出身の4人組で、サーフロック、ガレージパンク、トラディショナルなジャワ/マレー音楽、そして映画音楽的な語法をミックスしたユニークな音楽性で注目されている。
「Tafsir Mistik」は、そのなかでも特に民俗学的、呪術的要素を前景化した楽曲であり、バンド自身もインドネシアのオカルト文化や超自然現象に深い興味を持っていると公言している。
“tafsir(注釈)”という言葉は本来、イスラム教の聖典『クルアーン』の解釈を指す学術用語であるが、ここではその宗教的文脈から飛躍し、現実と幻想の間にある“知りえぬもの”を解き明かそうとする試みとして使われている。
つまりこの曲は、“神秘”に触れようとするがゆえに心が蝕まれていく人間の姿を描いた、サイケデリックな霊的探索の音楽詩なのだ。
3. 歌詞の抜粋と和訳(抜粋的意訳)
インドネシア語の原詞をもとに意訳すると、以下のような象徴的なフレーズが登場する。
“Menyusuri lorong jiwa, dalam tafsir mistik”
「魂の回廊を彷徨う/神秘の注釈の中で」“Cahaya palsu membakar mataku”
「偽りの光がこの目を焼く」“Aku tak tahu, mimpi atau nyata”
「夢か現実か、もうわからない」“Di antara mantra dan bisikan setan”
「呪文と悪魔の囁きのあいだで」
これらの歌詞は、現実感覚を失っていく過程、そして神秘と狂気が交差する瞬間を鮮烈に表現している。
まるで何らかの“儀式”に取り込まれ、意識を明け渡していくような語り口である。
4. 歌詞の考察
「Tafsir Mistik」は、知覚が変容していく瞬間をサイケデリックな音と詩で描いたトランス的作品である。
この曲に登場する“偽りの光”や“悪魔の囁き”は、ただのホラー的表現ではない。それはむしろ、人間の理性が壊れ、世界の見え方が変わっていくプロセスそのものの象徴といえる。
“tafsir(解釈)”という言葉が示唆するように、この楽曲は理解しようとすることそのものが破滅を呼ぶという逆説的な構造を持っている。
たとえば、宗教的真理、神秘、夢の正体といった“不可視なもの”を追いかけるうちに、逆に自分の存在が不確かになっていく。
この“自己の崩壊”の感覚こそ、「Tafsir Mistik」が最も深く掘り下げているテーマである。
サウンドもまたその主題に見事に呼応しており、不協和ぎりぎりのサイケギター、うねるベース、トライバルなビートがリスナーを無意識の深部へと導いていく。
それは、踊るためのロックではなく、“憑かれる”ためのロックだ。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- “The End” by The Doors
夢と死、幻覚と自己崩壊を描いた60年代サイケの極北。 - “I Had Too Much to Dream (Last Night)” by The Electric Prunes
現実と幻想のあいまいさを描いたガレージサイケの古典。 - “Om” by The Moody Blues
東洋神秘主義とプログレッシブロックの融合。霊性と音の儀式性が共通。 - “Lagu Perang” by Senyawa
インドネシアのエクスペリメンタル・デュオによる原始的な呪術音楽。 - “Nightclubbing” by Iggy Pop
内的退廃と酩酊を描いたアンダーグラウンドな名曲。
6. 音と詩が呼び起こす、“未知”との邂逅
「Tafsir Mistik」は、The Panturasというバンドが持つ東南アジア的幻想性、サーフ・サイケ的奔放さ、そしてガレージロック的な衝動が完璧に融合した異形のアンセムである。
この曲は「理解」を求めない。
むしろ、「理解できないものの中にこそ真理がある」とささやく。
そしてそれは、音楽が持つ原初的な機能――“人間を言語の外へ連れ出す”力を、いま一度思い出させてくれる。
「Tafsir Mistik」は、現代ロックが見失いかけていた“音による呪術性”を取り戻す試みだ。
聴くたびに、自分の深層意識が少しずつ染まっていくような、美しくも危険な音の迷宮。
それは、踊るというより“取り憑かれる”ための音楽であり、
決して安全ではない。
だが、だからこそこの曲は、忘れがたい幻のように心に残り続ける。
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