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概要
「T&A」は、Blondshellが2023年にリリースしたデラックス・エディション収録の新曲のひとつであり、“Tits and Ass(T&A)”という俗語をめぐる、フェミニズム的ユーモアと怒りの交差点に立つ鋭利なロックナンバーである。
その挑発的なタイトルからも分かるように、この曲は単なる性的イメージの記号ではない。
むしろ、“見られる性”“商品化された身体”としての女性像に対する揶揄と風刺が、Blondshellらしい冷静さと皮肉をまとって描かれている。
言葉の表層と感情の深層を反転させるこの楽曲は、彼女の作品群のなかでもひときわアイロニカルで、かつ“怒りを笑いに変える力”が際立った一曲である。
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歌詞の深読みと文化的背景
「T&A(=胸と尻)」というタイトルは、1970年代以降、特に広告・メディア業界で女性の身体を象徴的に消費するスラングとして使われてきた。
Blondshellはこの言葉をあえて選ぶことで、リスナーを不快にさせるリスクを承知の上で、「見られることに慣れすぎた自分」や「評価軸を外部に預けた自我」を静かに批判する。
同時に、その批判が自己に向いているところにこの曲の深みがある。
「私はT&Aでしかなかったのか?」「それを望んだのは誰?」「そしてそれを許したのは誰?」
こうした問いが、詩の背後で幾重にもこだまする。
曲中では、“演じること”や“見せること”の快感と後悔が入り混じり、単純な“被害者”の視点では語られない、フェミニズム第4波以降の複雑な感情が描き出されている。
これは、単に“男社会への怒り”をぶつけるのではなく、その構造の中に巻き込まれた自分自身の感情も対象に含んだ、非常に誠実な自己分析なのだ。
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音楽的特徴
曲はパンキッシュなギターで始まり、Blondshellのいつも通り低く抑えたヴォーカルが重なる。
しかし歌が進むにつれてノイジーに展開し、サビでは怒りと疲れが混ざったようなエモーションが炸裂する。
テンポはややスローだが、緊張感のあるリズムと繰り返されるコード進行が、閉じた空間のなかでもがく感覚を見事に表現している。
ブリッジ部分ではギターが一瞬後退し、歌詞と声だけが浮かび上がる構成になっており、そこに込められたメッセージがより鋭く刺さる。
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特筆すべき点
- 性的に“見られる側”であることの経験と葛藤
—— Blondshellは自分を“視線の対象”として冷静に分析し、あえて言語化することでその権力構造を浮き彫りにする。 - アイロニーと自己暴露のバランス
—— 皮肉をまといながらも、そこには“見せること”に快感を覚えた過去の自分への後悔と理解が同居している。 - タイトルと歌詞の距離感
—— 「T&A」という軽薄なフレーズと、そこに込められた重たい意味のギャップが、曲全体を通じて強烈なコントラストを生んでいる。
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結論
「T&A」は、Blondshellというアーティストの“見せること/見られること”に対する最も誠実な考察であり、それを堂々とタイトルに掲げる勇気とユーモアを持った一曲である。
この曲には、誰かに評価されるために“演じた自分”への苦さも、「それでもその経験を愛したい」と願う温かさもある。
怒りと笑いを同時に表現できるアーティストは少ない。
Blondshellは、その数少ないひとりなのだ。
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