
発売日:2001年11月19日
ジャンル:スウィング/トラディショナル・ポップ/ジャズ・ポップ/ビッグバンド/ヴォーカル・ジャズ
概要
Robbie Williamsの『Swing When You’re Winning』は、2001年というポップ・ミュージックの最前線から、Frank Sinatra、Dean Martin、Bobby Darin、Nat King Coleらが象徴した20世紀中盤のアメリカン・スタンダードとビッグバンド文化へ大胆に遡ったアルバムである。Take That脱退後、『Life thru a Lens』『I’ve Been Expecting You』『Sing When You’re Winning』によって英国最大級のソロ・ポップスターとなっていたWilliamsが、通常の次作を作る代わりに、大編成のオーケストラと古典的なヴォーカル・ポップへ挑戦した異色作として位置づけられる。
タイトル『Swing When You’re Winning』は、前作『Sing When You’re Winning』をもじったものだ。
つまりこれは完全なキャリア転換ではなく、自分自身のポップスター像を利用した「別役」を演じる作品でもある。
Robbie Williamsはもともと、単なるロック/ポップ・シンガーではなかった。
彼のステージには、
エンターテイナーとして観客を煽る能力。
自己演出。
皮肉。
自虐。
ラスヴェガス的な華やかさ。
古典的なショービジネスへの憧れ。
こうした要素が早くから存在していた。
その意味で、SinatraやDean Martinのレパートリーへ向かうことは、表面的には意外でも、キャラクターとしては非常に自然だった。
本作の中心にあるのは「歌唱力の誇示」だけではない。
もっと重要なのは、Robbie Williamsという2000年代の有名人が、古典的なショーマンの役をどのように演じるかという問題である。
Sinatraのようなクルーナーは、ただ音程を正確に歌う存在ではなかった。
マイクの前で言葉をどう置くか。
どこで息を抜くか。
観客にどのような人物として見えるか。
恋愛に余裕がある男。
少し傷ついた男。
酒場で人生を振り返る男。
それらを一曲ごとに演じる。
Williamsはその伝統に自分のセレブリティ像を重ねる。
だから本作は、厳密なジャズ・ヴォーカル作品というより、ショービジネスとしてのスウィングを21世紀の英国ポップへ再配置した作品と考えるのが適切である。
収録曲の大半はスタンダードや過去の名唱で知られる楽曲だが、オリジナル曲「I Will Talk and Hollywood Will Listen」も含まれる。
さらにNicole Kidman、Jon Lovitz、Jane Horrocks、Rupert Everett、Jonathan Wilkesらとのデュエットを配置することで、アルバム全体を一種のテレビ・スペシャルやラスヴェガス・ショーのように構成している。
したがって『Swing When You’re Winning』は、ノスタルジーだけを目的にしたカヴァー集ではない。
映画。
舞台。
テレビ。
ハリウッド。
セレブリティ文化。
ビッグバンド。
それらをまとめて一つのショーにする。
そしてその中心にRobbie Williamsが立つ。
この「役を演じることへの自覚」が、本作を単純なスタンダード集から区別している。
全曲レビュー
1. I Will Talk and Hollywood Will Listen
アルバム冒頭の「I Will Talk and Hollywood Will Listen」は、本作の方向性を宣言するオリジナル曲である。
タイトルは「自分が話せばハリウッドが耳を傾ける」。
非常に大きな自己肯定であり、同時にRobbie Williamsらしい自己パロディでもある。
2001年当時のWilliamsは、英国では巨大なスターだった。
しかしハリウッド的な古典的ショービジネスの殿堂へ自分が入れるのかという問題は別である。
この曲では、その距離をあえて大げさな自信に変える。
世界が自分を見る。
映画界が自分を認める。
その誇張が、Frank SinatraやDean Martinらが築いた「スターであること自体を演じる」文化への入口となる。
音楽はオーケストラとビッグバンドを用いた華やかなトラディショナル・ポップ。
ここでWilliamsはロック・スターとしてではなく、タキシードを着たエンターテイナーとして登場する。
重要なのは、本作全体が本気でありながら遊びでもあるということだ。
この曲はその二重性を最初から明確にする。
2. Mack the Knife
「Mack the Knife」は、Kurt WeillとBertolt Brechtの『三文オペラ』に由来し、Louis ArmstrongやBobby Darinらのヴァージョンによってポピュラー・スタンダードとなった楽曲である。
明るく洒落たスウィングに対して、歌詞の主人公Mackie Messerは危険な犯罪者だ。
殺人。
失踪。
暴力。
そうした暗い題材が、エンターテインメント性の高い旋律で歌われる。
この「内容と音楽の乖離」が曲の魅力である。
Robbie Williams版ではBobby Darin的なショーマンシップが強く意識され、悪人の物語を恐怖としてではなく、観客を楽しませるステージ・ナンバーへ変える。
Williamsの歌唱にはSinatraほどの微細なフレージングより、もっと直接的な勢いがある。
そのため「Mack the Knife」はクラシックな再現というより、ポップ・スターが古典的ショー・ナンバーを自分の身体へ取り込む場面として機能する。
3. Somethin’ Stupid
Nicole Kidmanとのデュエット「Somethin’ Stupid」は、本作最大のヒットとなった楽曲である。
Frank SinatraとNancy Sinatraのデュエットでも広く知られる。
歌詞は、恋愛が順調に進んでいる場面で、つい「愛している」のような重すぎる言葉を口にして雰囲気を壊してしまう不安を描く。
タイトルの“something stupid”は、その余計な一言だ。
つまり非常に甘い曲でありながら、テーマは恋愛における自己意識である。
完璧な瞬間。
しかし言葉を間違えたら壊れる。
Robbie WilliamsとNicole Kidmanの組み合わせは、ヴォーカルの技巧以上にスター同士のイメージが重要だ。
二人の声は過剰にぶつからない。
むしろ距離を保ちながら寄り添う。
この抑制が曲によく合っている。
2000年代ポップ市場において、古典的なデュエットを極めて現代的なセレブリティ・イベントへ変えた代表的な一曲である。
4. Do Nothin’ Till You Hear from Me
Duke EllingtonとBob Russellによる「Do Nothin’ Till You Hear from Me」は、恋愛における噂と信頼を扱うスタンダードである。
他人が何を言っても、本人から直接聞くまでは判断しないでほしい。
つまり、第三者の言葉より二人の関係を信じてほしいという歌だ。
このテーマはゴシップ文化とも相性が良い。
Robbie Williamsのようなタブロイド紙に頻繁に取り上げられるスターが歌うことで、「噂を信じるな」という歌詞は新しい意味を持つ。
本作は古典曲をただ懐かしく歌うだけでなく、Williams自身のパブリック・イメージと重ねることで現代化する。
音楽は落ち着いたスウィングで、彼の歌唱も比較的抑制される。
大声で勝負するより、言葉を軽く置く。
クルーナー的なフレージングへ最も自然に接近した曲のひとつである。
5. It Was a Very Good Year
「It Was a Very Good Year」は、Frank Sinatraの名唱で知られる回想型のバラードである。
人生の各年代を、恋愛とワインの比喩を通して振り返る。
若い頃。
少し大人になった頃。
成功した頃。
そして晩年。
時間が過ぎるにつれ、恋愛のあり方も人生の見え方も変わる。
原曲では老境から過去を振り返る重みが決定的である。
2001年時点のRobbie Williamsは、その人生段階には達していない。
したがって彼のヴァージョンは、同じ歌詞でも意味が少し異なる。
ここでは実体験の回想というより、「年齢を重ねたショーマンの役」を演じる。
この距離は弱点にもなり得るが、本作のコンセプトから見れば重要だ。
WilliamsはSinatraそのものになろうとするのではなく、Sinatra的な人物像を演じる。
ストリングスを含む壮麗なアレンジが、その演劇性を支えている。
6. Straighten Up and Fly Right
Nat King Coleで知られる「Straighten Up and Fly Right」は、寓話的な歌詞とスウィング感を持つ軽快な楽曲である。
猿とノスリの物語を使いながら、正しく振る舞え、騙そうとするなという教訓を伝える。
タイトル自体が「姿勢を正して、まっすぐ飛べ」という意味を持つ。
本作では、重厚なバラードが続いた後に軽やかなリズムを戻す役割もある。
Williamsの歌唱には、こうした洒脱なアップテンポ曲のほうが相性が良い。
深遠な人生経験を演じる必要がなく、ステージ上のタイミングとキャラクターで成立するからだ。
ビッグバンドのホーンとリズムに対して、ヴォーカルが少し前のめりに進む。
古典的ジャズ・ポップの楽しさを比較的ストレートに表現した一曲である。
7. Well, Did You Evah?
Jon Lovitzとの「Well, Did You Evah?」は、Cole Porterによるコミカルなデュエット・ナンバーである。
上流社会的な会話。
ゴシップ。
驚き。
皮肉。
二人が互いに話を投げ合うことで成立する。
したがって歌唱力そのもの以上に、会話の間とキャラクターが重要だ。
Robbie Williamsはこうした楽曲で特に強い。
彼はもともとコンサートでも観客とのやり取り、冗談、自虐、挑発を多用するタイプのフロントマンである。
そのため「Well, Did You Evah?」では、古典的なミュージカル/ショー・ビジネスの会話劇へ自然に入る。
Jon Lovitzのコミカルなキャラクターも曲に演劇性を加える。
アルバムを「本格ジャズ作品」ではなく「娯楽ショー」として成立させる重要曲である。
8. Mr. Bojangles
Jerry Jeff Walker作の「Mr. Bojangles」は、旅回りの踊り手との出会いを描く物語性の強い楽曲である。
華やかなステージの成功者を歌うのではない。
酒場や拘置のような周縁的な空間を生きる老いたエンターテイナー。
踊る。
笑わせる。
しかし、その人生には孤独がある。
この曲が『Swing When You’re Winning』に置かれることには意味がある。
アルバム前半では華やかなハリウッドやスター性が強調される。
「Mr. Bojangles」はその裏側を見せる。
芸能とは何か。
人を楽しませることは、本人の幸福と同じなのか。
舞台上では笑っていても、舞台を降りた後には別の人生がある。
Robbie Williams自身も、巨大な成功と自己不安を繰り返し作品化してきた人物である。
その意味で、この曲は単なるスタンダード・カヴァー以上に彼のキャリアと接点を持つ。
9. One for My Baby
「One for My Baby」は、Harold ArlenとJohnny Mercerによる失恋バラードであり、Frank Sinatraのレパートリーとして特に有名である。
バーで遅い時間まで酒を飲み、バーテンダーへ別れた恋人の話をする。
極めて映画的な設定だ。
「自分に一杯、そして帰り道のためにもう一杯」。
ここでは失恋が劇的な絶叫にはならない。
酒場。
深夜。
独白。
疲れ。
その低い温度が重要である。
Williamsは大きなアンセムを得意とするが、この曲ではむしろ声を抑え、会話に近い歌唱を求められる。
本作におけるクルーナー挑戦の核心的な一曲である。
同時に、Williams自身の「傷ついた男をユーモアとショーマンシップで隠す」というイメージとも強く共鳴する。
10. Things
Jane Horrocksとの「Things」は、Bobby Darinのヒットで知られる軽快なポップ・ナンバーである。
別れた相手との日常的な思い出を列挙する。
大事件ではない。
散歩。
キス。
一緒に過ごした小さな場面。
その“things”が、関係が終わった後に強い意味を持つ。
この曲の魅力は、失恋を重くしすぎないことにある。
思い出す。
少し寂しい。
しかし、音楽は明るい。
Jane Horrocksとのデュエットによって、曲には舞台劇的な親しみやすさが加わる。
『Swing When You’re Winning』の中では、古典的エンターテインメントの「楽しさ」を最も素直に表した場面のひとつである。
11. Ain’t That a Kick in the Head
Dean Martinの歌唱で有名な「Ain’t That a Kick in the Head」は、本作でもRobbie Williamsとの相性が非常に良い楽曲である。
恋に落ちた衝撃を、「頭を蹴られたようだ」というコミカルな比喩で表す。
恋愛は幸福。
しかし同時に、自分の平衡感覚を失う出来事でもある。
この少しふざけた表現がDean Martin型の余裕とよく合う。
Williamsもまた、過剰に真剣になるより、笑いながら自分を演出するタイプの歌手だ。
そのためこの曲では「古いスタンダードを歌っている」という距離が薄くなる。
ホーン。
跳ねるリズム。
大きなサビ。
すべてがラスヴェガス的で、本作のショー的な側面を象徴する。
12. They Can’t Take That Away from Me
Rupert Everettとの「They Can’t Take That Away from Me」は、George GershwinとIra Gershwinによるスタンダードである。
恋愛関係そのものは終わるかもしれない。
しかし、相手の仕草や記憶まで奪うことはできない。
つまり、喪失の中に残る記憶を歌う。
非常に成熟したラヴ・ソングだ。
「一緒にいられないならすべて無意味」ではない。
関係が終わっても、経験は自分の中に残る。
この態度は「Things」とも共通する。
Rupert Everettとのデュエットは、本作のキャンプ的で演劇的な側面を強める。
男女の伝統的ロマンスへ限定せず、ショービジネス的なデュエットとして再構成することで、曲の普遍性を広げている。
13. Have You Met Miss Jones?
Rodgers & Hartの「Have You Met Miss Jones?」は、偶然の出会いによって世界の見え方が変わる瞬間を歌うスタンダードである。
最初はただ紹介された人物。
しかし、その出会いが突然特別な意味を持つ。
恋愛の始まりを非常に簡潔に描く。
音楽的には、ジャズ・スタンダードとして多くの演奏家に取り上げられてきた曲であり、コード進行にも豊かな動きがある。
Williams版では、その和声的な複雑さを前面に押し出すより、ビッグバンドの軽快さを重視する。
彼の強みはジャズ・シンガーとして即興することより、曲を観客へ直接届けることにある。
そのため非常にショー的で、アルバム終盤に再びテンションを上げる役割を果たす。
14. Me and My Shadow
Jonathan Wilkesとの「Me and My Shadow」は、古典的なヴォードヴィル/ショー・チューンの伝統に属する楽曲である。
「僕と僕の影」。
いつも一緒。
どこへ行ってもついてくる。
それを友情やコンビ芸の比喩として使う。
Jonathan WilkesはWilliamsの実生活上の親しい友人でもあり、この組み合わせによって歌詞の意味がさらに直接的になる。
ここでは卓越したヴォーカル技巧より、二人の親密さと遊び心が中心だ。
Frank SinatraとSammy Davis Jr.など、Rat Pack的な男性同士のショービジネス文化へのオマージュとしても機能する。
本作が「古典音楽への敬意」だけでなく、「古典的なスター同士の友情や掛け合い」まで再現しようとしていることを示す一曲である。
15. Beyond the Sea
アルバムの締めくくりを担う「Beyond the Sea」は、Bobby Darinの代表的な英語版で広く知られるスタンダードである。
原型はCharles Trenetのフランス語曲「La Mer」。
英語版では、海の彼方に待つ恋人へ向かうロマンティックな内容へ変化している。
この曲が最後に置かれることは象徴的だ。
アルバムはハリウッドへの野心から始まった。
さまざまな恋愛。
酒場。
思い出。
ショー。
友情。
それらを通過し、最後に「向こう側」へ視線を送る。
海の向こう。
まだ届いていない場所。
それは古典的なショービジネスの世界そのものにも見える。
音楽は明るく、フィナーレにふさわしい。
悲壮感ではなく、再び舞台の照明が大きくなる。
そのため『Swing When You’re Winning』は、過去への郷愁だけではなく、「この古い音楽を自分の現在へ持ち帰る」という形で終わる。
総評
『Swing When You’re Winning』は、Robbie Williamsのディスコグラフィーの中でも最も明確な「役柄のアルバム」である。
彼はここで、自分自身をそのまま語るのではない。
クルーナー。
ラスヴェガスのショーマン。
ハリウッド・スター。
バーで失恋を語る男。
洒落たプレイボーイ。
Rat Pack的な仲間と遊ぶ芸人。
そうした複数の古典的男性像を次々に演じる。
この点が本作の核心である。
2001年という時代を考えると、その選択は非常に大胆だった。
Destiny’s Child。
Craig David。
UK Garage。
Nu Metal。
R&B。
ポップ・ミュージックはデジタル化と新世代のサウンドへ急速に進んでいた。
その中でWilliamsは、ビッグバンドとスタンダードへ向かった。
普通なら時代遅れに見える。
しかし、彼の巨大なスター性によって、それが逆にイベントとなった。
これはRobbie Williamsという人物のキャリア戦略とも一致する。
彼は「革新的な音響を発明するアーティスト」ではない。
むしろ、既存のポップ文化を自分のキャラクターによって再演する能力に長けている。
Britpop。
スタジアム・ロック。
バラード。
ダンス・ポップ。
そしてスウィング。
ジャンルそのものを発明するのではなく、それをRobbie Williamsのショーへ変える。
『Swing When You’re Winning』は、その能力が最も分かりやすく表れた作品である。
本作を評価するとき、Frank Sinatraとの比較は避けられない。
しかし、純粋なジャズ・ヴォーカルの技術だけで比較すると目的を見誤る。
Sinatraの最大の革新はフレージングにあった。
呼吸。
歌詞の解釈。
ビートの少し後ろへ言葉を置く感覚。
一つの文を会話のように歌う技術。
Williamsはその水準でSinatraを再現しようとしているわけではない。
彼の強みは別にある。
観客との距離。
スターとしての自己意識。
声のキャラクター。
大きなステージを成立させる能力。
ユーモア。
つまり彼はSinatraの「歌い方」以上に、Sinatraが象徴するショーマンの文化を受け継ごうとしている。
だから「Well, Did You Evah?」「Me and My Shadow」「Ain’t That a Kick in the Head」のような曲が特に機能する。
これらは内省よりキャラクターが重要だからだ。
一方、「It Was a Very Good Year」「One for My Baby」のような曲では、若さゆえの距離が明確になる。
人生の終盤から過去を振り返る感覚。
深夜の酒場で長い人生の失恋を語る感覚。
これらは経験の重さが音楽へ影響する。
そのため、Williams版では「役を演じる」という性格がよりはっきり見える。
しかし、それは必ずしも失敗ではない。
むしろ本作全体が演劇的である以上、その人工性もコンセプトの一部になる。
アルバムのもう一つの重要な要素がデュエットである。
Nicole Kidman。
Jon Lovitz。
Jane Horrocks。
Rupert Everett。
Jonathan Wilkes。
純粋な歌手だけを集めていない点が重要だ。
俳優。
コメディアン。
友人。
つまり、これは「最高のジャズ・ヴォーカリストと共演するアルバム」ではない。
Robbie Williamsが主催するショーにゲストが次々登場するアルバムなのである。
ここにもテレビ・スペシャル的な感覚がある。
1950〜60年代のエンターテインメントでは、歌手のテレビ番組に俳優やコメディアンが出演し、一緒に歌うことが珍しくなかった。
『Swing When You’re Winning』は、その文化を2001年へ持ち込む。
その意味では、音楽だけでなく古典的なメディア形式へのオマージュでもある。
「Somethin’ Stupid」が大ヒットしたことも、この企画の成功を象徴する。
Nicole Kidmanとの組み合わせは、歌唱技巧の競演ではない。
二人のスターが同じマイク空間にいること自体が商品価値になる。
これはSinatra時代から続く芸能の基本構造である。
Williamsはその仕組みを非常によく理解していた。
また、本作は「男性性」の演技としても興味深い。
古典的クルーナー文化には、スマートなスーツ。
酒。
恋愛。
余裕。
女性への求愛。
男性同士の友情。
こうした20世紀中盤の男性スター像がある。
Williamsはそのスタイルを借りるが、完全には同化しない。
彼自身のキャラクターには自虐や不安定さがある。
そのため古典的な「自信に満ちた男」の役を演じても、どこかでそれが演技だと分かる。
この距離が2000年代的である。
「I Will Talk and Hollywood Will Listen」の過剰な自信も、本当に自分を無敵だと信じているというより、その人物像を楽しんでいる。
この自己パロディがなければ、本作は単なる古臭い模倣になっていた可能性が高い。
音楽的には、ビッグバンドとオーケストラのスケールが非常に重要である。
ホーン。
ストリングス。
ピアノ。
ウッドベース。
ブラシやスウィングするドラム。
こうした編成が、当時のWilliamsの通常のロック/ポップ作品とはまったく違う空間を作る。
そして、その大編成によって彼の声も別の位置に置かれる。
ロック・ヴォーカルではギターやドラムを越えるため声を強く出す。
スウィングでは、バンドの中へ声を置く。
その違いが彼の歌唱にも変化を生む。
必ずしもすべての曲で完全にクルーナー化しているわけではないが、フレージングへの意識は通常作より高い。
また、本作は古いアメリカン・ポップの歴史を英国の大衆へ再紹介した作品としても意味を持つ。
2001年当時の若いリスナーの中には、「Mack the Knife」「Have You Met Miss Jones?」「Ain’t That a Kick in the Head」などをWilliams版で初めて知った層も多かったと考えられる。
カヴァー・アルバムには常にこの機能がある。
過去を再現するだけではない。
新しい世代への入口になる。
その後、Michael Bubléのような若い世代のクルーナーが世界的に大きな成功を収めることを考えると、『Swing When You’re Winning』は2000年代初頭にスタンダード/スウィングが再び巨大なポップ市場へ戻る流れの重要な一例でもある。
もちろん、Williamsがその流れを単独で生み出したわけではない。
しかし、当時の英国最大級の男性ポップスターがこのレパートリーを扱ったことによって、「古典的スウィングは若い大衆向けの娯楽として再び成立する」という事実を大きく可視化した。
本作の選曲には、恋愛だけでなく「芸能人であること」を考えさせる曲が多いことも特徴だ。
「I Will Talk and Hollywood Will Listen」。
「Mr. Bojangles」。
「One for My Baby」。
「Me and My Shadow」。
これらには、舞台。
観客。
スター性。
舞台裏の孤独。
仲間。
そうしたショービジネスそのもののテーマがある。
したがって『Swing When You’re Winning』は表面的にはカヴァー中心でありながら、Robbie Williams自身についてもかなり多くを語っている。
彼はなぜ舞台に立つのか。
スターとは何か。
人を楽しませる人物は、どのような役を演じているのか。
その問いが、スタンダードの歌詞を通して浮かび上がる。
ここでアルバム冒頭と終盤の関係も重要になる。
最初は「ハリウッドが自分の言葉を聞く」と宣言する。
最後には「Beyond the Sea」で、まだ遠くにある場所を見つめる。
到達したと言い切らない。
むしろ、スターでありながら常に次の舞台を求める。
この移動感がRobbie Williamsらしい。
『Swing When You’re Winning』は、本格ジャズの革新を目指した作品ではない。
スタンダードの決定版を更新しようとした作品でもない。
その価値は、2001年のポップスターが20世紀中盤のショービジネスを丸ごと自分のキャラクターへ取り込み、大衆的な娯楽として再構築したことにある。
ロック・スターがタキシードを着る。
ビッグバンドを背負う。
俳優や友人を舞台へ呼ぶ。
SinatraやDean Martinの影を利用しながら、それをRobbie Williams自身の自己演出に変える。
その大胆さと娯楽性によって、本作は彼のキャリアの中でも特に独立した存在となった。
おすすめアルバム
1. Frank Sinatra – Songs for Swingin’ Lovers!(1956)
Nelson RiddleのアレンジによるSinatraの代表的なスウィング作品。ビッグバンドとヴォーカルの距離、歌詞を会話のように扱うフレージング、都会的な恋愛観など、『Swing When You’re Winning』が直接参照した古典的クルーナー文化の核心を確認できる。
2. Bobby Darin – That’s All(1959)
「Mack the Knife」を収録したBobby Darinの代表作。ロックンロール世代の若い歌手が、ビッグバンドとスタンダードへ進んだという意味でもRobbie Williamsとの共通性が大きい。若さと古典的ショーマンシップを共存させた重要な先例である。
3. Dean Martin – This Time I’m Swingin’!(1960)
「Ain’t That a Kick in the Head」などで知られるDean Martinのスウィング美学を理解するうえで適した作品。技巧を誇示するより、余裕、ユーモア、キャラクターによって歌を成立させるスタイルは、Williamsが本作で最も自然に継承した要素のひとつである。
4. Robbie Williams – Sing When You’re Winning(2000)
本作のタイトルの直接的な基になった前作。「Rock DJ」「Supreme」などを収録し、2000年前後のRobbie Williamsがポップ/ロック・スターとしてどれほど巨大な存在になっていたかを示す。両作を比較すると、『Swing When You’re Winning』の急激なスタイル転換がより明確になる。
5. Michael Bublé – Michael Bublé(2003)
スタンダード、スウィング、ポップを21世紀のメインストリームへ本格的に定着させた作品。Robbie Williamsよりクルーナーとしての専門性を前面に出しているが、古典的なAmerican Songbookを現代的なポップ市場へ再接続したという点で、『Swing When You’re Winning』の直後の時代を象徴する一枚である。

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