発売日: 1998年7月7日
ジャンル: オルタナティヴ・ロック、ポップロック、ポップパンク、カレッジロック
言葉遊びと感情の間で宙を舞う——カナダ的ユーモアとポップの黄金比
1998年にリリースされたBarenaked Ladiesの4枚目のスタジオ・アルバムStuntは、彼らのキャリアにおいて最大の商業的成功を収めた作品であり、アメリカ市場での存在感を確立した記念碑的アルバムでもある。
ポップでありながら捻りのあるメロディ、軽妙洒脱なラップ・ヴォーカルと繊細な歌唱の切り替え、そして何よりカナダ特有の知的で自虐的なユーモアが随所に炸裂している。
代表曲「One Week」の爆発的ヒットによって一躍脚光を浴びたが、それにとどまらず、アルバム全体にはウィットに富んだリリックと、オルタナ的実験精神が織り込まれている。
“軽やかさ”の裏にある“痛み”や“孤独”を、あくまで笑いながら歌うそのスタイルは、1990年代末の音楽シーンにおいて極めて独自性の高いものだった。
全曲レビュー
1. One Week
早口ラップとポップメロディを融合させたバンド最大のヒット曲。
オタク文化やポップカルチャーへの言及が満載のリリックは、まるで一人芝居のように目まぐるしく展開される。
明るくキャッチーな表層に反して、「関係性のギクシャク」をテーマにしている点が実にバンドらしい。
2. It’s All Been Done
パワーポップ調のギターが爽快な一曲。
「すべてはもう過去にあったこと」という諦念と達観の中に、ポジティブな再出発の空気が漂う。
シンプルながら印象に残るサビが秀逸。
3. Light Up My Room
アコースティック主体で、歌詞もより内省的。
家庭的な風景と孤独が交錯するような、静かで不思議な温度感の楽曲。
郊外に漂う寂しさや穏やかな愛情が感じられる。
4. I’ll Be That Girl
シニカルなユーモアを交えた歌詞が印象的なミディアム・ナンバー。
自己喪失や憧れの歪みを、あくまでポップに包んでいるあたりが彼ららしい。
メロディラインの奇妙な美しさも際立つ。
5. Leave
静かなピアノバラードで、別れの痛みを真正面から描く。
アルバム内でもっともエモーショナルなトラックのひとつであり、Stephen Pageの深みあるヴォーカルが胸を打つ。
6. Alcohol
コミカルな口調で描かれるアルコール依存と自堕落。
まるでスタンダップ・コメディのように進行しながら、背後に深い闇を感じさせる。
ライブでも定番となった人気曲。
7. Call and Answer
スローなテンポで進む叙情的なラブソング。
関係の綻びと再構築を静かに描く、誠実で繊細な歌詞が印象的。
PageとRobertsonのヴォーカルの掛け合いが美しく絡む。
8. In the Car
ティーンの欲望と不安定さを描いた小品。
ユーモラスな語り口の中に、不器用な感情がこぼれる短編小説のような一曲。
9. Never Is Enough
スカ/パンクのリズムを取り入れた元気なナンバー。
「満足なんてありえない」というテーマを、笑い飛ばすように歌っている。
10. Who Needs Sleep?
忙殺される現代人への皮肉を込めた曲。
テンポ感のあるリズムに乗せて、不眠とストレスという普遍的な問題にユーモアで切り込む。
11. Told You So
恋愛における“正しさ”の押しつけを反省的に描いた楽曲。
しっとりとしたサウンドの中に、自己嫌悪と愛のもろさが同居する。
12. Some Fantastic
冒頭のスパニッシュ風ギターが特徴的なユニークな楽曲。
非現実的なイメージを交えて、逃避願望や妄想の世界を風刺的に描く。
13. When You Dream
アルバムのラストを飾る、子守唄のように優しいバラード。
ロバートソンの子どもがモチーフとなっており、夢と現実の狭間をそっと包み込む。
多忙で不安定な現実に対する、静かな癒しの時間。
総評
Stuntは、Barenaked Ladiesの“軽やかな深み”が最もバランスよく表現された作品である。
ラジオヒットにふさわしいポップ性と、リスナーの胸に届く誠実な感情表現。
そのふたつが絶妙に共存している。
決して大仰ではないが、日常の断片や感情の襞をすくい取る彼らの視線には、優しさと知性が宿っている。
“馬鹿馬鹿しさ”の裏にある“本気”を信じられる、そんなアルバムなのだ。
おすすめアルバム
- They Might Be Giants – Flood
言葉遊びとジャンルレスなポップセンスが光る、オルタナポップの名盤。 - Ben Folds Five – Whatever and Ever Amen
ユーモアとセンチメントの交錯。Barenaked Ladiesと共鳴する知的なピアノロック。 - Cake – Fashion Nugget
独自の語り口とジャンル越境型ロック。軽妙な毒と風刺が心地よい。 - Fountains of Wayne – Welcome Interstate Managers
日常の断片を巧みに切り取るポップロック。歌詞のストーリーテリングが秀逸。 - Weezer – The Blue Album
パワーポップの金字塔。キャッチーなメロディと内向きな感情が交錯する。
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