1. 歌詞の概要
「Start Me Up(スタート・ミー・アップ)」は、The Rolling Stonesが1981年にリリースしたアルバム『Tattoo You』の冒頭を飾るシングル曲であり、彼らの後期キャリアを代表するロック・アンセムである。
全編にわたり繰り返される「Start me up!(エンジンをかけてくれ!)」という掛け声と、キース・リチャーズの不滅のギターリフ、そしてミック・ジャガーの色気に満ちたヴォーカルが絶妙に融合し、40年以上にわたってライブの定番曲として親しまれている。
表面上は車や機械に“火をつける”ことをモチーフにした歌詞だが、その実態は明らかに性的な二重表現であり、「一度走り出せば止まらない」とは、興奮、欲望、衝動、官能のすべてを指している。
そのシンプルな構造の中には、ロックンロールの根源的エネルギーと、ストーンズならではの“したたかなセクシュアリティ”が凝縮されているのだ。
2. 歌詞のバックグラウンド
「Start Me Up」は、元々1975年のレゲエ調セッション中に誕生した楽曲であり、当初は異なるリズムと構成を持っていた。
しかし1981年の『Tattoo You』制作にあたって、ミックとキースが未完成のテイクを掘り起こし、数年越しに“ロックナンバー”として再構成した結果、このシンプルで強烈なギターリフとドライヴ感のあるバージョンが完成した。
この曲の最も象徴的なパーツは、やはりキース・リチャーズのギターリフだろう。チューニングは彼の得意とする“オープンG”で、3つのコードを繰り返すだけのシンプルな進行だが、その音色とタイミングの妙によって、驚異的な中毒性を放っている。
また、この曲がリリースされた1981年というタイミングも重要である。
時代はパンクとニューウェーブに席巻され、かつてのロック・レジェンドたちは“時代遅れ”の烙印を押されかけていた。
そんな中で、ストーンズはこの楽曲で「まだ俺たちは走り続けている」と力強く宣言したのである。
結果、「Start Me Up」は全米2位、全英7位という大ヒットを記録し、ストーンズの“80年代の復活”を象徴する存在となった。
3. 歌詞の抜粋と和訳
引用元:Genius Lyrics – The Rolling Stones “Start Me Up”
If you start me up / If you start me up, I’ll never stop
君がエンジンをかけてくれたら もう止まらない
I’ve been running hot / You got me ticking over
体はすでに火照ってる もうギリギリで動いてる状態なんだ
You make a grown man cry
君は大の男を泣かせるほどなんだ
You make a dead man cum
(※発表当時は伏せ字処理)
君は死んだ男すらイかせるんだ
4. 歌詞の考察
「Start Me Up」の歌詞は、そのほとんどがダブル・ミーニングによって構成されている。
“エンジンをかける”“走り出す”“止まらない”といった機械や車のメタファーは、明らかに“性的欲望の覚醒”を示しており、それは“火照り”“爆発”“絶頂”へと変化していく。
興味深いのは、この楽曲において語り手が“攻める”のではなく、“刺激されて動き出す側”として描かれていることだ。
彼は誰か——おそらく強い女性的存在によって目覚めさせられ、“起動”させられる。
この倒錯的な力関係もまた、ストーンズのセクシュアリティ表現の巧妙さであり、単なるマッチョ的ロックではなく、少し捻れた欲望の描写が行われている。
「You make a grown man cry(君は大人の男を泣かせる)」というラインも、男のプライドや理性が崩壊するほどの快感、あるいは支配の強さを示唆しており、セクシーでありながらどこかコミカルで、挑発的な余裕すら感じさせる。
こうした内容を、ミック・ジャガーは得意の“喉奥からの巻き舌”とステージ上の腰の動きで演じることで、ロックとセックス、ポップと挑発の境界を軽々と飛び越えてみせた。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Jumpin’ Jack Flash by The Rolling Stones
痛みや苦悩を“爆発的なビート”で吹き飛ばす代表的ロックナンバー。「Start Me Up」と同じ推進力を持つ。 - Sharp Dressed Man by ZZ Top
セクシャリティとユーモアをギターリフで表現する80年代ロックの名曲。艶やかな世界観が共通。 - Panama by Van Halen
車と性的メタファーが混じり合うロックアンセム。構造的にも「Start Me Up」に近い。 - Lust for Life by Iggy Pop
反復リズムと暴走する快楽主義が炸裂する傑作。中毒性という意味での共通点が多い。
6. ロックンロールの“エンジン”としての存在
「Start Me Up」は、The Rolling Stonesの80年代以降のキャリアにとって不可欠な“再起動スイッチ”だった。
70年代末、ロックの時代が終わったかに見えた空気の中で、彼らはこの曲を通して再び地鳴りを響かせた。
その再起動は、暴力的な反抗でも、政治的なメッセージでもなく、ただ「欲望のエンジンに火をつけろ」というシンプルな命令だった。
だが、その単純さこそがロックの核心であり、ミック・ジャガーとキース・リチャーズが今なおステージに立ち続ける理由でもある。
ギターの一音目が鳴った瞬間、会場は揺れる。
そして“Start me up!”の声とともに、すべてが走り出す——それは音楽というより、儀式に近い。
「Start Me Up」は、ロックが“衝動と快楽の力”で人を動かすことのできるジャンルであるということを、完璧なまでに体現した楽曲である。
そのエンジンは、今日もなお止まる気配を見せていない。
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