1. 歌詞の概要
「Squares」は、The Beta Bandが2001年にリリースした2ndアルバム『Hot Shots II』に収録された楽曲であり、その中でもひときわ異彩を放つ、メランコリックで洗練されたサイケデリック・ポップである。耳に残るフレーズ「I seen the demons / but they didn’t make a sound(悪魔を見たけど、音ひとつ立てなかった)」から始まるこの曲は、存在することの不安定さ、現実感の希薄さ、そして「正常」とは何かを問いかける作品である。
タイトルの「Squares(四角たち)」は、型にはまった人々、退屈で画一的な世界、あるいは規則に囚われた自我を象徴しているとも解釈できる。曲は一貫して内省的なトーンを保ち、幻想と現実のあわいを漂うようなリリックが、淡々としたビートとともに展開される。そこにあるのは激しさではなく、じわりと沁み出すような気怠い問いかけだ。
2. 歌詞のバックグラウンド
The Beta Bandはデビュー当初から、ロックというジャンルに対しての批評性を持ち続けたバンドであるが、『Hot Shots II』ではその姿勢がより洗練された形で結実した。前作『The Beta Band』があまりにも実験的すぎて“失敗作”とされてしまったのに対し、このアルバムは「メロディと構造を持ったサイケデリア」として非常に高い評価を受けている。
「Squares」はその中でも、最もシングル向きであるにもかかわらず、どこか“奇妙な違和感”を持っている楽曲だ。実際にこの曲はイギリスでシングルカットされ、テレビCMなどでも使用されたことにより広く知られるようになったが、リリース当初はそのサンプリング元をめぐってちょっとした混乱もあった。
元ネタとなっているのは、1960年代のポップ・フォーク歌手デュエイン・エディの「Daydream(インストゥルメンタル)」。これを反転し、ループさせ、現代的なグルーヴに再構成したトラックは、過去と現在の感覚を縫い合わせるような感覚を生み出している。
3. 歌詞の抜粋と和訳
I seen the demons
悪魔たちを見たBut they didn’t make a sound
でも彼らは、音ひとつ立てなかったThey were too busy laughing
笑うのに夢中だったからAs my world came crashing down
僕の世界が崩れ落ちていくのを見ながら
この冒頭の4行は、静けさと崩壊、恐怖と無関心という対比の中で、語り手の孤独と虚無を浮かび上がらせる。ここで描かれる“悪魔”は、外的な敵というよりも、むしろ内なる皮肉や幻影のようでもあり、「笑う」彼らの存在は、世界に対しての違和感や諦念を示しているようにも思える。
※歌詞引用元:Genius – Squares Lyrics
4. 歌詞の考察
「Squares」は、意味から逃げるように進行する歌詞が特徴的である。明確なメッセージやストーリーは提示されず、イメージが断片的に現れては消えていく。こうした作り方は、ポストモダン的な“言葉の遊戯”とも言え、むしろ明確に語らないことによって、リスナーの内側に“意味”を投げかけている。
タイトルの「Squares」は、もともとスラングで「つまらない人間」「保守的な人間」を指す言葉でもある。つまりこの曲は、周囲にいる「スクエア=つまらない人々」に囲まれた中で感じる、語り手自身の異物感、不安、そして自意識のグルーヴを描いているとも解釈できる。
また、「I seen the demons」「My world came crashing down」といった詩的なイメージは、個人の精神崩壊のメタファーでありながら、社会的崩壊(情報過多、感情の分断、価値観の流動化)にも通じる普遍性を持っている。だからこそこの曲は、聴く人の立場や感性によって、様々な意味を持ち得る“空間”のような作品となっている。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Lazy Eye by Silversun Pickups
アンビエント的なトーンと内向的なリリックが交差する、現代的シューゲイズの傑作。 - All I Need by Radiohead
感情の“空白”と“充足”が同時に押し寄せるような、瞑想的ポスト・ロック。 -
Kelly Watch the Stars by Air
電子音と柔らかな旋律が描く、夢遊のような心象風景。 -
Night Time by The xx
囁くような声とミニマルな構成で、感情の濃淡を巧みに描いたアート・ポップ。 -
Kids by MGMT
明るくキャッチーなサウンドの裏側に、喪失とアイロニーを潜ませたポップ・アンセム。
6. 四角い世界に、まるい視点を――“奇妙なポップ”の精髄
「Squares」は、The Beta Bandの“ポップとは何か”という問いに対するひとつの答えである。それは単にキャッチーであることではなく、どこか歪んでいて、居心地が悪く、けれど目を離せない――そうした複雑な感覚を伴う音楽のことだ。
この曲が持つメロディの美しさと、歌詞の不穏な世界観のギャップは、まさにThe Beta Bandが得意とする「ダウナーな陽気さ」と「ユーモラスな絶望」の表現だ。そしてそれは、多くの現代人が抱える“よくわからないけど拭えない不安”と、確かに共鳴している。
“スクエア”なものに囲まれて、曖昧なままに生きていくしかない――そんな時に、ひっそりと耳元で鳴り出すこの曲は、あなた自身の“奇妙さ”を肯定してくれるのかもしれない。ポップのフレームに収まりきらない存在に贈られた、いびつな美のかたち。それが「Squares」なのだ。
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