Spit of You by Sam Fender（2021）楽曲解説

楽曲レビュー

2025.05.04

1. 歌詞の概要
2. 歌詞のバックグラウンド
3. 歌詞の抜粋と和訳
4. 歌詞の考察
5. この曲が好きな人におすすめの曲
6. “言えなかったことが、ずっとそこにある”
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1. 歌詞の概要

「Spit of You（スピット・オブ・ユー）」は、イギリスのシンガーソングライター Sam Fender（サム・フェンダー） が2021年に発表したセカンド・アルバム『Seventeen Going Under』に収録された楽曲であり、父親との関係をテーマに据えた、静かで、痛切で、極めて個人的なバラッドである。

“Spit of you”というイディオムは、イギリス英語で「あなたにそっくり」「瓜二つ」という意味。タイトルは、「自分が父に似ている」ことへの気づきと、そこに宿る葛藤や戸惑いを象徴している。

この楽曲では、無言のうちに積み上げられてきた親子間の距離、言葉にできない愛情、すれ違い、そして時間とともににじみ出てくる共通点が、極めて慎ましい言葉と穏やかなメロディによって描かれる。怒りや非難ではなく、静かに抱きしめるような許しと和解の物語が、ここにはある。

2. 歌詞のバックグラウンド

「Spit of You」は、サム・フェンダーの実の父親との関係にインスパイアされている。彼の父は地元ニューカッスルでミュージシャンとして活動していたが、経済的にも感情的にも厳しい環境で家族を支えていた。

サムはインタビューで、「僕の父は“感情を表に出すことが弱さだ”と考える典型的な男だった。でも年齢を重ねるにつれて、彼が本当は何を抱えていたのかが少しずつ分かるようになってきた」と語っており、この曲は父に対する複雑な想いをようやく言葉にできた瞬間として位置づけられている。

MVにはイギリスの名優 Stephen Graham が父親役で出演しており、その映像表現と音楽が相互に補完しあいながら、不器用な男性たちが心を通わせるまでの時間の尊さを強く訴えている。

3. 歌詞の抜粋と和訳

And I can talk to anyone
誰とでも話せるのに

I can’t talk to you
君とは話せない

And I know it’s not your fault
それが君のせいじゃないって、分かってるんだ

And I know it’s not mine
そして、それが僕のせいでもないことも

But it just works out that way sometimes
ただ時に、それがどうしようもなくこうなってしまうだけ

And I’m spit of you
僕は、君そっくりだ

歌詞引用元：Genius Lyrics – Spit of You

4. 歌詞の考察

「Spit of You」の最大の魅力は、言えない言葉のなかに込められた愛を、誰もが理解できる静かな表現で描いている点にある。

冒頭の「誰とでも話せるのに、君とは話せない」というラインは、父と息子、男同士の間にある**“言語化されない感情の断絶”**を強く印象づける。フェンダーはこの歌で、無口な父に対する怒りや恨みではなく、むしろ「なぜかうまく話せない」という事実そのものと向き合っている。

また、「And I’m spit of you（僕は君にそっくり）」というラインには、感情表現の不器用ささえ受け継いでしまった苦しさが滲んでいる。似てしまったことが嫌でもあり、でも理解の糸口にもなる——その揺れる自己認識こそが、フェンダーの成熟したソングライティングを支えているのだ。

この曲は、対話ができなかった時間への悔いと、それでも理解し合いたいという願いの両方が抑制された表現の中に詰め込まれている。音楽的にはギター一本で始まり、徐々に高揚していく構成も、まるで閉じていた心が少しずつ開かれていくプロセスのように感じられる。

5. この曲が好きな人におすすめの曲

Father and Son by Cat Stevens
　父と息子、互いを思いながらも分かり合えない距離を、対話形式で描いた不朽の名曲。
The River by Bruce Springsteen
　社会的抑圧と個人の関係性を、家族と仕事という日常から深く掘り下げたアメリカン・バラッド。
Fast Car by Tracy Chapman
　日常の中にある不自由と希望、世代間の影響をしっとりと描いたソーシャル・フォークの代表作。
I Should Live in Salt by The National
　言えなかった言葉と後悔、遠ざかる関係の痛みを、穏やかな旋律に重ねた現代のバラッド。