発売日: 2022年6月24日
ジャンル: インディーロック、オルタナティヴ、エレクトロニック・ポップ、ドリームポップ
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概要
『Sometimes, Forever』は、アメリカ・ナッシュビル出身のシンガーソングライター Soccer Mommy(ソッカー・マミー/ソフィー・アリソン)による3枚目のフルアルバムであり、これまでのローファイで内省的な作風から一歩踏み出し、より実験的かつダークな音像を展開した転換点的作品である。
プロデューサーには、Oneohtrix Point Never(オワン・トリックス・ポイント・ネヴァー)として知られる電子音楽家Daniel Lopatinを起用。
彼の手による重層的で奇妙な音響加工が、ソフィーの持つ歌詞の痛みと無垢さをより幽玄で不穏なものへと拡張させている。
タイトルの“Sometimes, Forever”は、不確かな感情、壊れかけの記憶、持続しない幸福の儚さを示唆しており、アルバム全体を通して「永遠」を求めながらも、それが決して手に入らない現実が描かれる。
これは、恋愛というより“存在すること”自体の困難さを描いたアルバムであり、ソフィー・アリソンの表現者としての成熟を強く印象づける。
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全曲レビュー
1. Bones
アルバム冒頭にして、かつての失恋の残響を骨のように“まだ残っている”と歌うバラード。ドリーミーなギターと声が、感情をミイラ化させたような美しさ。
2. With U
ローファイな打ち込みが印象的なラブソング。シンプルな歌詞とメロディの中に、“永遠になってほしい瞬間”の儚さが漂う。
3. Unholy Affliction
不穏なシンセベースと加工ボーカルで展開される、自己嫌悪と宗教的恐れの歌。Oneohtrix的プロダクションが最も強く出た実験曲。
4. Shotgun
本作のリード曲にして代表作。甘くて中毒的な恋愛感情を「ショットガン(ショット飲料、衝動)」に例えた、ポップでありながら危うい名曲。
5. newdemo
ミニマルな打ち込みと声の断片が交差する、夢のように構成の曖昧な小品。制作過程の中に残された“心のノイズ”をそのまま提示しているかのよう。
6. Darkness Forever
自傷的想像、死への誘惑、そして炎による浄化。闇の内側に深く潜っていくようなサウンドで、“永遠の夜”を描く。
7. Don’t Ask Me
自己防衛的なフレーズとソリッドなギターリフが印象的な一曲。誰にも頼れない感情が、音として跳ね返ってくる。
8. Fire in the Driveway
「家の前の炎」という記憶の断片が、愛と終焉を暗示するバラード。サウンドは静かだが、内的世界は激しく燃えている。
9. Following Eyes
ストーカー的な視線と心の不安を描いた、ダークファンタジーのような一曲。音像はホラーに近い。
10. Feel It All The Time
カントリー調のギターが意外な軽やかさをもたらす、少しの安心感。だがその中にも「ずっと感じすぎてしまう」感情過多の苦しみがにじむ。
11. Still
リヴァーブと残響に包まれた終曲。“それでもまだそこにいる”という言葉の繰り返しが、時間と記憶の亡霊のように響く。
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総評
『Sometimes, Forever』は、Soccer Mommyが感情の断面をポップに、そして怪しく描いたアルバムであり、これまでの作品が“日記”なら、今作は“悪夢を再編集した映画”のような存在である。
彼女の持ち味である、抑えたトーンで強烈な感情を描く手法はそのままに、Daniel Lopatinのプロダクションによって音像がさらに抽象化・神秘化されている。
“永遠”を求める歌たちが、実はすべて“永遠にはなれないもの”についての歌であることに気づくとき、
このアルバムの持つ静かな絶望と、それでも続けようとする意志の強さが、より深く胸に刺さる。
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おすすめアルバム(5枚)
- Oneohtrix Point Never『Magic Oneohtrix Point Never』
本作のプロデューサーによる、音響解体と感情の記録。 - Japanese Breakfast『Soft Sounds from Another Planet』
SFと現実、夢と喪失が交差する、感情的なポップ世界。 - Clairo『Sling』
ローファイと室内楽、記憶と母性が重なる叙情的作品。 - Fiona Apple『Fetch the Bolt Cutters』
精神の孤立と解放を、言葉とサウンドで解体する前衛作。 - Lana Del Rey『Norman Fucking Rockwell!』
虚構と現実の狭間に立つ、感傷的ポップの極北。
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歌詞と文化的背景
『Sometimes, Forever』のリリックは、明確な物語ではなく、不安定な感情の揺らぎや、断片的な記憶のスナップショットとして構成されている。
これはZ世代的な“物語の喪失”と、常に変化し続ける自己認識を象徴しており、SNSや不安障害、情報過多の中で生きる若者の“崩れかけたリアリティ”を、音楽という形で再構築したとも言える。
Soccer Mommyはこのアルバムで、
永遠に続くと思ったものが崩れたとき、それでも音楽がそこに“残ってしまう”ことの怖さと救いを同時に描いている。
そしてその“残響”こそが、この作品の核心なのだ。
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