発売日: 1987年6月**
ジャンル: ノイズロック、ポストパンク、アートロック、オルタナティヴ・ロック
壊れたアメリカ文学、ノイズという語り部——Sonic Youthが“物語”を持ち始めた瞬間
Sisterは、Sonic Youthにとって“ノイズの風景画”から“ノイズによる語り”へと踏み出した初めてのアルバムである。
1986年のEVOLで実験性とポップのバランスを模索した彼らは、翌年発表のこの作品で、
より個人的で詩的な語り口と、ラウドで鋭利なギターアートを高度に融合させている。
アルバムタイトルの「Sister」は、フィリップ・K・ディックの実の双子の妹が出生時に亡くなった事実から着想されたとされている。
つまり本作は、“失われた双子”への追悼であると同時に、現実とフィクションのあわいで揺らぐアイデンティティの物語なのだ。
音楽的には、トリプルギターのドローンと破裂するようなディストーションの間を漂うメロディ、
タイトなリズム、サーフ・ロックの変種のような断片など、さまざまな影響を織り交ぜた“統制された混沌”が展開されている。
全曲レビュー:
1. Schizophrenia
KimとThurstonが交互に語る“精神の裂け目”。
妹と兄、現実と幻想、生と死——双子の物語とされるこの曲は、
Sonic Youth流の文学的オープニングとして圧巻の完成度を誇る。
2. (I Got A) Catholic Block
ポストパンク的なテンションの高いリフと反宗教的なイメージが交錯する。
教会、権威、身体、都市といったテーマが、鋭く切り刻まれていく。
3. Beauty Lies in the Eye
Kimによる短くミニマルな語り。
「美は見る者の目に宿る」ということわざを皮肉に反転させ、
女性性と視線、観られることの暴力性を静かに問いかける。
4. Stereo Sanctity
文学へのオマージュが詰め込まれたカオティックなナンバー。
ジェイムズ・ジョイスやディックの断片が歌詞に組み込まれ、
“音”が“聖性”を持つことを主張するようなアート的爆走。
5. Pipeline / Kill Time
前半は環境音的なドローン、後半は焦燥感あるインスト的展開。
2つの空間がひとつの曲に収められ、時間がねじれるような体験となる。
6. Tuff Gnarl
Thurstonによる最も“歌っぽい”楽曲のひとつ。
しかし内容は非常に不穏で、若者の暴力衝動や破壊的なセクシュアリティがうごめく。
7. Pacific Coast Highway
Kimの低音語りとリバーブの深いギターが、不穏なロードムービーのような質感を作る。
殺人の影や、暴力の予兆が言外に漂う恐ろしい名曲。
8. Hot Wire My Heart
Crimeのカヴァーであり、パンク的な爆発力が本作の中でも異質。
ロウな質感が、アルバムに“血の通った雑味”を加えている。
9. Cotton Crown
KimとThurstonのデュエットによる儚く幻想的な一曲。
“綿の王冠”というメタファーは、愛、脆さ、天使のような不在の象徴。
Sisterというテーマの核心に近づく詩的な楽曲。
10. White Kross
ノイズとパンクの中間を疾走するクローザー。
「白い十字架」は、純粋さか死か、その両方か。
アルバムを締めるにふさわしい、情動の爆発。
総評:
Sisterは、Sonic Youthが“音楽で文学を書く”という方向性を確立した作品である。
ここではノイズは単なる音響効果ではなく、記憶や感情の層を削り出す“言葉の代替手段”として機能している。
同時に、Thurston MooreとKim Gordonの詩的な視点が、ニュー・アメリカーナの病理や性、暴力、メディアの視線といった主題を多層的に展開していく。
EVOLよりも構造的に洗練され、Daydream Nationよりもプリミティブ。
まさにこのアルバムは、Sonic Youthという文学的ノイズバンドが“自我”を持った最初の瞬間なのだ。
おすすめアルバム:
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Pixies / Surfer Rosa
ノイズとメロディ、日常と異常が同居する90年代オルタナの幕開け。 -
The Fall / This Nation’s Saving Grace
文学的で挑発的、ノイズの中に“語り”を潜ませた名作。 -
Dinosaur Jr. / Bug
ギターと青春の苦悩が炸裂する、Sonic Youthと並走したオルタナの柱。 -
Yo La Tengo / President Yo La Tengo
インディー・ロックとアート性の融合、ノイズの親密な使い方。 -
Sonic Youth / Daydream Nation
本作で確立された“語るノイズ”が、次作で完全に開花する。
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