
1. 歌詞の概要
「Since You’re Gone(シンス・ユーア・ゴーン)」は、The Carsが1981年にリリースしたサード・アルバム『Shake It Up』に収録された楽曲で、恋人との別れをテーマにした、バンドの中でも屈指のメランコリックなナンバーである。
タイトルが示すように、歌詞は「君がいなくなってから」の世界を描いている。
だがその描写は、ただの失恋バラードでは終わらない。
リック・オケイセックらしい乾いたユーモアと皮肉が全編に漂い、悲しみの中にもどこかシニカルで、“感情を真正面から語らない”クールな感性が光っている。
繰り返される「Since you’re gone(君がいなくなってから)」のフレーズのたびに、語り手が体験する変化や違和感が少しずつ明かされていき、それは“喪失”というよりむしろ、“空虚”として表現されている。
この空虚さの描き方にこそ、The Carsらしい独特の都会的距離感と、ニューウェイヴ的な感情の断片性が色濃く現れているのだ。
2. 歌詞のバックグラウンド
『Shake It Up』は、前作『Panorama』での実験的なアプローチからややポップ路線へと舵を切ったアルバムであり、The Carsにとってはサウンドとキャッチーさのバランスを模索した転換点ともいえる作品だった。
「Since You’re Gone」はそのアルバムの2曲目に収録され、翌1982年にはシングルとしてリリース。
当時のMTVの台頭によってビジュアルの影響力が高まる中、この曲のミュージック・ビデオでは、リック・オケイセックが一人部屋で孤独に踊り、彷徨うという演出が用いられ、歌詞の寂しさと滑稽さの混在を映像でも表現してみせた。
また、リック・オケイセックの独特のヴォーカルスタイル——感情を強く出さず、ほとんど“話すように歌う”——がこの曲では特に効果的で、聴く者に“感情が押し寄せるのではなく、じわじわと染みてくる”ような体験をもたらす。
3. 歌詞の抜粋と和訳
引用元:Genius Lyrics – The Cars “Since You’re Gone”
Since you’re gone / The nights are getting strange
君がいなくなってから
夜が妙に感じられるようになった
Since you’re gone / Well, nothing’s making sense
君がいなくなってから
何もかもが意味をなさなくなった
Since you’re gone / The world has lost its sway
君がいなくなってから
世界が揺れ動かなくなった
I can’t help it / Everything is gray
どうしようもないよ
すべてが灰色に見えるんだ
You’re so treacherous / When it comes to tenderness
君はなんて不実なんだ
優しさってやつに関してはさ
4. 歌詞の考察
「Since You’re Gone」の魅力は、失恋の痛みを“真正面から嘆かない”ことにある。
むしろ、それを皮肉や淡々とした語りに包んで提示することで、“喪失”のリアルな感触をより鋭く際立たせている。
たとえば、「You’re so treacherous when it comes to tenderness(君は優しさに関して裏切り者だ)」という一節は、単なる怒りや恨みではなく、“期待してしまった自分への皮肉”がにじんでいるようにも感じられる。
また、「Everything is gray(すべてが灰色)」という描写も、情熱の赤や悲しみの青ではなく、“何もない色”を選んでいる点で、感情の“枯渇”がより痛切に伝わってくる。
このようにして、「君がいなくなってから」の世界は、泣き叫ぶほどの絶望ではなく、ただ、すべてが静かに色を失っていく感覚として描かれている。
その“空っぽの感情”こそが、現代的で都市的な喪失感の象徴であり、The Carsの音楽性と完璧に一致している。
また、楽曲後半でギターが歪みながらもメロディアスに展開する瞬間は、語り手の感情が一瞬だけあふれ出すような感覚を伴っており、抑制されたサウンドとエモーションの微妙なバランスが非常に印象的だ。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Drive by The Cars
同じく失恋をテーマにしながら、さらに切実な哀しみを描いたバラード。対になるような存在。 - Love My Way by The Psychedelic Furs
感情と距離感のあいだをさまようニューウェイヴの名曲。都市的な情緒が共鳴する。 - This Must Be the Place (Naive Melody) by Talking Heads
喪失と希望、居場所をめぐる思索的なラブソング。Since You’re Goneの“あと”を想像させる曲。 - Blue Monday by New Order
愛の断絶と機械的なリズムが交錯する、80年代初頭の失恋ソングの象徴。
6. 静かに漂う“空虚”の描写としてのポップ・ソング
「Since You’re Gone」は、愛が終わった瞬間ではなく、“愛が終わったあとの時間”を描いている。
それは、涙も怒りももう出ない、ただ“世界が灰色になってしまった”という感覚。
そして、その空虚こそが最もリアルで、最も痛いのだということを、The Carsはポップなメロディにのせて語っている。
この曲において“感情を押し殺すこと”は、悲しみを隠すためではない。
むしろ、それが最も真実に近い表現であるということを、彼らは知っていた。
だから、「Since You’re Gone」は、単なる失恋ソングではなく、“感情が蒸発した世界”に静かに佇む、洗練されたポップ・アートのような作品なのだ。
そしてその冷たさの中には、不思議な優しさと余韻が確かに宿っている。
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