発売日: 2020年3月6日
ジャンル: フォーク・ポップ、アダルト・コンテンポラリー、ポップ・ロック、シンガーソングライター
概要
『Silver Landings』は、マンディ・ムーアが2020年に発表した通算6作目のスタジオ・アルバムであり、音楽活動としては実に11年ぶり、感情的にも芸術的にも“自分の足で再び着地した”ことを象徴するカムバック作である。
2009年の『Amanda Leigh』以来、女優業や結婚、離婚、再婚といった私生活の激動を経て、
本作では新たなパートナーであるテイラー・ゴールドスミス(Dawesのフロントマン)をはじめとする信頼できる仲間と共に、人生の成熟と再出発を穏やかな光で描き出している。
タイトルの「Silver Landings」は、“嵐のあとの滑走路”のように、揺れた人生がそっと落ち着く場所を象徴し、
同時に「銀(Silver)」という語には、年齢、時間、そして静かな美しさへのリスペクトも込められている。
サウンドはフォークやソフトロック、70年代のシンガーソングライター的感性をベースにしながら、
現代のアメリカーナやインディー・ポップの軽やかさも取り入れたアコースティックな音像が広がる。
“再び歌えるようになったことそのものが喜び”というアルバムであり、感情が呼吸のように自然に溢れ出している。
全曲レビュー
1. I’d Rather Lose
「勝つことよりも、自分らしくいることを選ぶ」というテーマが、ささやくような歌声で伝わる。
自己肯定と痛みの受容を共存させた、“静かな抵抗”のうた。
2. Save a Little for Yourself
誰かを思いやりすぎて自分を見失ってしまった経験から生まれた一曲。
「少しは自分のために残しておいて」――という、共感力と自己防衛を両立させる言葉が胸に残る。
3. Fifteen
15歳の自分に語りかけるセルフ・リフレクション。
かつてのティーンポップ時代を客観視しながら、過去の自分を愛おしむまなざしが印象的。
4. Tryin’ My Best, Los Angeles
LAという街に対する複雑な感情を、愛と諦めのあいだで描くモダン・フォーク。
キャリアの浮き沈み、失われた夢、でもまだ信じたいという思いが滲む。
5. Easy Target
人に傷つけられても優しさを捨てない――そんな強く優しい姿勢がにじむメロディアスなナンバー。
美しいストリングスのアレンジも印象的。
6. When I Wasn’t Watching
リードシングル。
“気づかないうちに自分を失っていた”ことへの気づきと再生のプロセスを描く、アルバムの中核的楽曲。
スムーズなコード進行とサブトーンの歌唱が心に沁みる。
7. Forgiveness
“許し”をめぐる内省的なバラード。
自分を苦しめた人を許すことではなく、過去に囚われた自分を手放すための儀式としての“許し”がテーマ。
8. Stories Reminding Myself of Me
日々の小さな出来事が、忘れていた自分の輪郭を思い出させてくれる。
断片の積み重ねによって“私”が形作られることの美しさを歌う。
9. If That’s What It Takes
愛のためにどこまで自分を差し出せるか?という問いかけ。
無条件の愛と、その危うさが、曖昧なコード感と共に響く。
10. Silver Landings
表題曲にしてアルバムの精神的コア。
「ここが私の着地地点」――という安堵と覚悟が、広がりのあるアレンジとともに柔らかく奏でられる。
総評
『Silver Landings』は、マンディ・ムーアが音楽という表現にもう一度戻ってきたこと自体が、ひとつの物語であり、祈りのような作品である。
ボーカルは過剰な技巧を排し、あくまで会話するように、そっと感情の輪郭をなぞる。
それは演技やセリフではなく、“生きてきたからこそ歌えること”の結晶であり、音楽における彼女の原点と新たな出発点が交差する場所でもある。
かつてのティーンアイドル像を抱いたまま本作に耳を傾けると、その静けさや地味さに驚くかもしれない。
だが、それこそが**“叫ばないことで深く届く音楽”**の本質であり、聴くたびに新たな感情が浮かび上がる作りになっている。
“銀の着地”とは、完璧な着地ではなく、少し傷つきながらも、ようやくたどり着けた優しい場所なのだ。
その場所から、マンディ・ムーアは再び自分の名前で語りはじめた。
おすすめアルバム(5枚)
- Phoebe Bridgers『Punisher』
繊細な語り口とアコースティックな質感の親和性が非常に高い。 - Jenny Lewis『The Voyager』
女優からミュージシャンへというキャリアと、内省的なリリックが共鳴。 - Brandi Carlile『By the Way, I Forgive You』
感情の深さと普遍的な人間性を、堂々と歌い上げる現代フォークの金字塔。 - Natalie Prass『The Future and the Past』
レトロとモダンのバランスが絶妙な、優雅で知的なポップ作品。 - Sharon Van Etten『Remind Me Tomorrow』
内面の痛みと希望をロックとエレクトロニクスで描いた、成熟した再出発の音楽。
歌詞の深読みと文化的背景
『Silver Landings』のリリックは、まさに**“声なき声”たちの集積**であり、
とくに「Save a Little for Yourself」や「Fifteen」「Forgiveness」といった楽曲には、過去の自分を抱きしめ、いまの自分を許すという女性的成熟の軌跡が刻まれている。
マンディは以前、精神的に支配された関係性のなかで音楽活動を奪われたと語っている。
その沈黙の時期を経て、「When I Wasn’t Watching」という曲で**“声を取り戻すことの意味”**を真正面から歌い直したことは、
単なるカムバック以上の、“再起”そのものだった。
このアルバムは、過去を美化せず、未来を過信せず、それでも“自分で選んだ道を静かに歩く”という態度の記録である。
『Silver Landings』は、音楽で語られる静かな手紙であり、
聴く人にとっても、もう一度自分自身と“和解する時間”を与えてくれるアルバムなのだ。
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