アルバムレビュー:Sheet Music by 10cc

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発売日: 1974年5月
ジャンル: アートロック、ポップロック、プログレポップ


ポップの魔術師たち、職人芸の頂点へ——緻密にして破天荒な10ccの到達点

『Sheet Music』は、10ccが1974年に発表した2作目のスタジオ・アルバムであり、バンドの創造性と職人性が最も高く結実した作品と評されている。
本作で彼らは、デビュー作のアイロニカルなポップ感覚をさらに洗練させつつ、より複雑な構成や高度な録音技術を導入し、音楽的野心をむき出しにしている。

このアルバムの面白さは、「ポップ」という形式のなかでどこまで実験できるか、という問いに真正面から向き合っている点にある。
10ccは単なるバンドではなく、一種の音響的実験工房のようでもあり、リスナーを混乱させ、驚かせ、時に感動させるトリックを惜しみなく仕掛けてくる。


全曲レビュー

1. The Wall Street Shuffle

資本主義と株取引をテーマにしたポップロック・アンセム。
重厚なリフと軽妙な風刺が絶妙に絡み、アルバムの冒頭を勢いよく切り開く。社会風刺をグルーヴで包み込む手法が光る。

2. The Worst Band in the World

自虐的かつ風刺的な10ccらしい一曲。
音楽業界を茶化すような歌詞と、バロック的構成の美しさが奇妙なバランスを保っている。メロディも意外に耳に残る。

3. Hotel

ラテンジャズ×ロックの大胆な融合。
エキゾチックなパーカッションと映画的ストーリーテリングで、架空のホテルの風景を幻視させるサウンドスケープが展開される。

4. Old Wild Men

10ccとしては珍しく静謐で感傷的なバラード。
年老いたロッカーたちへのリスペクトと哀愁が滲む。ケヴィン・ゴドレイの繊細なボーカルが胸を打つ、隠れた名曲。

5. Clockwork Creep

飛行機に仕掛けられた爆弾の視点から語られるスリラー的楽曲。
音のタイミングや声の処理が「時限装置」のように構築されており、ポップとサスペンスの境界を行き来する実験作

6. Silly Love

題名とは裏腹に、アイロニカルで風刺的な「ラブソングのパロディ」。
明快なフックとひねくれた歌詞が交錯し、耳馴染みの良さと裏腹に二重構造の知性が垣間見える。

7. Somewhere in Hollywood

ハリウッドの虚飾と夢の裏側を描く大作。
映画音楽のようなスケール感、サウンドエフェクト、演劇的展開が次々に畳みかけ、まるで一曲が一本の短編映画のように感じられる。

8. Baron Samedi

ハイチのブードゥー神話をテーマにした異色のナンバー。
リズムの多層性と声の重ね方が呪術的な雰囲気を醸し出し、アルバム中でも特に異彩を放つ。

9. The Sacro-Iliac

架空のダンス・ムーヴメントをめぐるジョーク的ポップソング。
ファンキーなビートとナンセンスな詞が絡む、純粋に楽しいサウンド遊戯のような一曲。

10. Oh Effendi

中東風のスケールとアレンジを取り入れた、文化的風刺ソング。
「オイルマネー」に象徴される西洋と中東の関係性を皮肉るような構成で、当時の国際情勢に対する知的コメントにもなっている。


総評

『Sheet Music』は、ポップというジャンルが持つ「娯楽性」と「創造性」の両立をこれ以上ないほど高次元で実現した作品である。
10ccはここで、ユーモアとシリアス、娯楽と批評、単純さと複雑さといった二項対立をすべて軽やかに越境している。

録音技術の革新、緻密なアレンジ、そして圧倒的な職人芸。
『Sheet Music』は、彼らの最も大胆で自由な時代の記録であり、その後のポップロックの可能性を大きく広げた。

XTCやPrefab Sprout、さらにはBeckやThey Might Be Giantsといった後続アーティストたちは、間違いなくこの作品の影響下にある。
音楽で遊びたい人、ポップを深く味わいたい人——その両方にとって必携の一枚である。


おすすめアルバム

  • XTC『Skylarking』
     知的ポップとサイケの融合。10ccの後継者的存在。
  • BeckSea Change
     スタジオ実験とポップメロディの理想的融合。
  • They Might Be Giants『Flood』
     10cc的ナンセンスと実験精神を受け継ぐ一枚。
  • Supertramp『Crime of the Century』
     プログレとポップの間を行き来するサウンド。
  • QueenA Night at the Opera
     劇的構成と音の多層性。10ccと同時代的文脈を共有する作品。

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