発売日: 1991年5月27日
ジャンル: インディー・ロック、ノイズ・ロック、スローコア、オルタナティブ・ロック
『Seamonsters』は、The Wedding Presentが1991年に発表した3作目のスタジオ・アルバムであり、
**全編を覆う暗さと重さ、そして心の剥き出しの声が、バンドの転換点を明確に刻んだ“音の心理劇”**である。
本作はスティーヴ・アルビニ（Pixies、Nirvanaとの仕事で知られる）をプロデューサーに迎え、
徹底的に剥き出しで無骨な録音手法を取り入れたことで、
前作『Bizarro』のノイジーさをさらに深化させたサウンドスケープを生み出している。
恋愛と別れを歌うバンドというイメージを持っていた人々にとって、
この作品はまさに**“喪失そのもの”の音の塊であり、
同時にThe Wedding Presentが“叫ぶギターバンド”から、“沈黙と破壊の美学”へと突き進んだ記録**でもある。
全曲レビュー
1. Dalliance
アルバム冒頭から炸裂する、感情とギターの断裂音。
“君の結婚式に僕は呼ばれなかった”という歌詞に表れる、
執着と喪失の混濁がそのまま音の破壊力に転化している。
2. Dare
短くタイトな構成で、怒りの感情をストレートに放つ。
リリックの“なぜそうなる？”という疑問の繰り返しが、絶望と苛立ちのループを生み出す。
3. Suck
遅く、重く、淡々と進むナンバー。
スローコア的なアプローチで、感情が外に出ることなく、音の中に沈んでいく。
4. Blonde
恋人との距離感、すれ違い、理解の断絶。
ポストパンク的なドライさと、内側からじわじわと燃える痛みが交錯する名曲。
5. Rotterdam
都市名を冠したこの曲は、場所と記憶の関係をテーマにしているようでもあり、
実際は破綻した関係への未練と混乱が強く反映されている。
6. Lovenest
アルバムの中で比較的リズミカルな一曲。
とはいえ、テンポ感の明るさとは裏腹に、**関係の“壊れかけている安らぎ”**を描く内容は辛辣。
7. Corduroy
スローテンポかつハードなギターが心を抉るトラック。
何気ない服の手触りさえ、失われた恋の記憶として染みついている。
8. Carolyn
一見穏やかなイントロから、突如として轟音が押し寄せる構成が秀逸。
情緒の表面と内面の暴力性が入れ替わるような構造が圧巻。
9. Heather
束の間のやさしさや記憶の甘さにすがろうとするが、
そこに残っているのはやはり苦味と空虚。
ノイズの洪水の中で、声が消えていくような終盤が印象的。
10. Octopussy
アルバムのクライマックスにふさわしい、沈黙と爆音が交互に訪れる不穏なバラード。
水中のような密閉感と、静寂のなかで響くギターの不協和音が、
タイトルの“シーモンスター”たちの棲む心の深海を想起させる。
総評
『Seamonsters』は、The Wedding Presentにとって感情と音の“削ぎ落とし”の極北に位置する作品である。
失恋や嫉妬といったテーマはこれまで通りだが、
その語り方はまるで変わった。叫ぶのではなく沈黙し、奏でるのではなく刺し込む。
このアルバムでは、感情は破裂せず、圧縮されたまま爆音の中に閉じ込められるのだ。
プロデューサーのスティーヴ・アルビニが与えた影響は非常に大きく、
マイクを遠ざけたドラム収録法や、ナチュラルなギターのざらつきは、
のちのポストハードコアやスローコア系インディーに多大な影響を与えた。
“喪失感の音像化”という点において、90年代UKインディーの中でも屈指の完成度を誇るアルバムである。
おすすめアルバム
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Slint / Spiderland
静と動を極限まで研ぎ澄ましたスローコアの祖。 -
Codeine / Frigid Stars LP
『Seamonsters』と双璧をなす“感情の低温核融合”作品。 -
PJ Harvey / Dry
感情の爆発を生々しく伝えるギター・ロックの名作。 -
Mogwai / Young Team
轟音と静寂のあいだで構築されるポスト・インスト詩。 -
Nirvana / In Utero
同じくアルビニ録音による、“痛み”の記録としてのロック。
特筆すべき事項
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レコーディングは5日間で行われ、ほぼライブ形式での一発録りだった。
このスピードと即興性が、アルバムの生々しさを高めている。 -
アルビニは一切リバーブを使わず、音の“居場所”を極限まで削ぎ落とすことで、
楽器の質感そのものをむき出しにすることに成功している。 - 『Seamonsters』は商業的には控えめな成果だったが、**批評家・音楽家の間では“90年代UKロックの密かな金字塔”**として再評価が進んでいる。
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