発売日: 2021年8月27日
ジャンル: シンセポップ、エレクトロポップ、ダークポップ
アルバム全体のレビュー
CHVRCHESの4thアルバム「Screen Violence」は、パンデミックの中で制作され、バンドがこれまでの作品で培ってきたシンセポップの美学をさらに深め、暗くシリアスなテーマに挑戦した意欲作だ。アルバムのタイトルが示すように、スクリーン(画面)越しに感じる暴力や恐怖、現代社会が抱える不安感が全編を通して描かれている。デビュー以来、バンドは独自のシンセポップサウンドで評価を得てきたが、本作ではよりダークでエッジの効いた音作りが印象的だ。
「Screen Violence」は、Lauren Mayberryの透き通るようなボーカルと、Iain CookとMartin Dohertyによる緻密なシンセサウンドが見事に融合しており、CHVRCHESらしいポップさを保ちながらも、より感情的でドラマティックなサウンドスケープが広がっている。リスナーに突きつけるのは、個人的な感情の葛藤だけでなく、デジタル社会における孤立や、社会の暴力性といったテーマ。映画的な美学を取り入れ、楽曲ごとにホラー映画やサスペンスのような緊張感が漂っている。
プロデュースはバンドメンバー自らが担当し、リモートで制作が進行したため、孤独感や不安感がサウンドにも反映されている。それでも、ポップなメロディラインは健在で、ダークなテーマを背景にしながらも、リスナーに希望の光を投げかける瞬間が随所に見られる。
各曲レビュー
1. Asking For A Friend
アルバムの幕開けを飾るこの曲は、スローテンポのビートとシンプルなシンセラインから始まり、徐々に壮大に展開していく。歌詞は孤独や自己反省をテーマにしており、「Could you be a little less of a stranger?」という問いかけが胸に響く。サウンドは静かに進行しつつも、終盤に向けて高揚感を感じさせるビルドアップが印象的だ。
2. He Said She Said
アルバムのリードシングルであり、女性に対する社会的な圧力やジェンダー不平等をテーマにした強烈なメッセージが込められている。「He said, you need to be fed, but keep an eye on your waistline」といった歌詞が、日常に潜む性差別的な言動を鋭く批判している。シンセが繰り返すリフと力強いビートが曲全体を支え、Mayberryの冷静なボーカルが楽曲の鋭さを際立たせている。
3. California
ノスタルジックなメロディが印象的なこの曲は、理想と現実の間で揺れる心情を描いている。タイトルからもわかるように、カリフォルニアの象徴的な夢と、それに伴う現実の厳しさが対照的に表現されている。ポップでキャッチーなサウンドながら、歌詞には孤独感が漂っている。
4. Violent Delights
「These violent delights have violent ends」というフレーズが繰り返され、シェイクスピアの「ロミオとジュリエット」を引用したこの曲は、欲望と破壊のテーマを扱っている。シンセの重低音が緊迫感を醸し出し、Mayberryのボーカルが切迫感を伴って響く。アルバムの中でも特にダークで重厚なサウンドが特徴的だ。
5. How Not To Drown (feat. Robert Smith)
The Cureのフロントマン、Robert Smithをフィーチャーしたこのトラックは、二人のボーカルが絡み合いながら深い絶望感と共に浮上しようとする姿が描かれている。Smithのシンセゴシックな要素とCHVRCHESのエレクトロポップが見事に融合し、ドラマティックな展開を持つ。歌詞には自己喪失や逃避がテーマとして描かれており、「I’m writing a chapter on what to do after they dig you up」というフレーズが強く印象に残る。
6. Final Girl
この曲はホラー映画に登場する「最後の生存者」である「ファイナルガール」のテーマを引用し、自己防衛と生存本能を描いている。ポップでありながらも、背後には恐怖と不安が漂う。Mayberryのボーカルは静かで冷静だが、リズムとシンセが緊張感を高め、楽曲全体がサスペンス映画のような雰囲気を持っている。
7. Good Girls
「Good girls don’t cry」というフレーズで始まるこのトラックは、女性に課せられる社会的期待や規範への反抗がテーマ。キャッチーなサビと強烈なシンセリフが特徴的で、CHVRCHESのポップセンスが光る。歌詞には皮肉と怒りが込められており、リスナーを鼓舞するエネルギーに満ちている。
8. Lullabies
美しいシンセアレンジとともに進行するこの曲は、歌詞の内容とは裏腹に、メロディが非常に穏やかで夢見心地。内容は不安や葛藤を描いており、「I try my best to keep you」というフレーズが孤独感を強調している。リズムが徐々にビルドアップしていく構成が感情の高まりを効果的に表現している。
9. Nightmares
タイトル通り、夢と現実の境界線がぼやけた世界を描いている。シンセのループが緊張感を煽り、メロディの浮遊感が楽曲に不穏な雰囲気を与えている。Mayberryの声は時に冷たく響き、夢の中で自らの恐怖と対峙する姿が描かれている。
10. Better If You Don’t
アルバムを締めくくるこの曲は、静かに進行するシンセポップバラード。別れや終わりを描いているが、どこか穏やかで冷静な終焉を感じさせる。「It’s better if you don’t believe」というリフレインが繰り返され、希望と失望が交差する感情が繊細に表現されている。最後の一音が消える瞬間、全体を通して感じられる暗闇と光のバランスが浮かび上がる。
アルバム総評
「Screen Violence」は、CHVRCHESがこれまで以上にダークでシリアスなテーマに踏み込んだ、挑戦的かつ映画的なアルバムだ。デジタル社会における暴力や孤立感、現代の恐怖と不安を繊細かつ力強く表現している。Lauren Mayberryの透き通るようなボーカルは、時に冷たく、時に感情豊かに響き、シンセのサウンドスケープと相まって独自の世界観を作り上げている。ロバート・スミスとのコラボレーションもアルバムに新たな深みを与え、全体的に一貫したテーマと美学を保ちながらも多様な感情を引き出す作品に仕上がっている。
このアルバムが好きな人におすすめの5枚
- “Disintegration” by The Cure
ロバート・スミスがフィーチャーされた「Screen Violence」と共通するゴシックな要素が強い。ダークで幻想的なサウンドスケープが特徴で、エモーショナルな深みがある。 - “Hysteria” by PVRIS
エレクトロポップにロックの要素を融合させたサウンドが共通。女性ボーカルが前面に出たパワフルな楽曲が多く、CHVRCHESのファンには響くはず。 - “Violator” by Depeche Mode
シンセポップとダークなテーマが融合した代表的な作品。CHVRCHESのダークなサウンドを好むリスナーにおすすめ。 - “Art Angels” by Grimes
エクスペリメンタルなエレクトロポップが魅力で、シリアスなテーマとポップなメロディが絶妙に絡み合っている。ダークポップのファンにぴったり。 - “After Laughter” by Paramore
ポップなサウンドにシリアスな歌詞を乗せた作品で、現代社会の不安や感情の葛藤を描いている点で共通。シンセポップの要素も多く、親和性が高い。
コメント