発売日: 1980年9月12日
ジャンル: アートロック、ポストパンク、ニューウェーブ
モダンで鋭利な狂気——混沌の80年代を切り裂く、ボウイ流ポップの極北
『Scary Monsters (and Super Creeps)』は、David Bowieが1980年に発表した14作目のスタジオ・アルバムであり、ベルリン三部作を経たボウイが商業性と前衛性の狭間で再構築した、新たな“変身”の一章である。
ここではポストパンクやニューウェーブといった80年代初頭の新潮流を見据えながら、かつてのグラム的演劇性や哲学的モチーフを再統合し、鋭利で鮮やかな“モダン・ロック”を生み出している。
ベルリン三部作の抽象性から一転、本作はより攻撃的で、ポップで、社会的な視線を強く持つ。
“怪物たち”とは社会の構造そのものか、それとも自己の内面か——
ボウイはこのアルバムで、時代の不安と狂気を、血の通った音楽として結晶化させたのだ。
全曲レビュー
1. It’s No Game (No. 1)
冒頭から日本語の語り(ミシェル・スイージによる)と絶叫が炸裂する衝撃的なオープニング。
社会構造とジェンダー、暴力的表現をテーマにした、ボウイ史上最も過激な導入部。
2. Up the Hill Backwards
静と動が交錯するリズム構成が特徴。
「状況が悪化しても、我々は後退しながら登っていく」と繰り返す、時代への皮肉と希望が込められたメッセージソング。
3. Scary Monsters (and Super Creeps)
タイトル曲にして、80年代ボウイのアイコン的ナンバー。
不穏なギターとノイズ混じりのビートに乗せて、精神崩壊や社会的逸脱をサイコドラマのように描き出す。
4. Ashes to Ashes
『Space Oddity』の“メジャー・トム”のその後を描く、自己神話の再解体。
「We know Major Tom’s a junkie」と歌い、幻想の裏側にある人間的崩壊をあぶり出す。
デジタルとアナログが融合する音像と、MVを含むヴィジュアル面の完成度も高く、ボウイの80年代表現の幕開けを告げる名曲。
5. Fashion
ファンク調のリズムとパンキッシュなギターが交錯する皮肉たっぷりのダンスナンバー。
「ターン・トゥ・ザ・レフト、ターン・トゥ・ザ・ライト」と命令調のリフレインは、流行に盲従する大衆文化への痛烈な批評でもある。
6. Teenage Wildlife
若者文化へのシニシズムと愛憎が入り混じる、アルバム中最も壮大でエモーショナルな楽曲。
ギターはロバート・フリップ(King Crimson)によるもので、情熱と冷静が同居するソロが印象的。
7. Scream Like a Baby
政治的抑圧と個人の記憶操作をテーマにしたディストピアンな一曲。
音楽はニューウェーブ的でありながら、歌詞はまるで短編SF小説のようにドラマティック。
8. Kingdom Come
トム・ヴァーレイン(Television)作の楽曲をカバー。
ポストパンクの知性と祈りのようなメロディが融合した、静かな力を持つトラック。
9. Because You’re Young
叙情的なメロディに隠された警告と皮肉。
若さを祝福しながらも、必ずしも希望に満ちていない現実を描き出す。
10. It’s No Game (No. 2)
アルバム冒頭と対になる楽曲。
今回は怒りを抑えた英語詞の静かな語り口となり、まるで物語の幕引きのような余韻を残す。
開幕の激情と終幕の沈黙——そのコントラストがこのアルバムの構造美を際立たせている。
総評
『Scary Monsters (and Super Creeps)』は、David Bowieが70年代の音楽的探求を一度総括しつつ、80年代的モダニティに対して鋭い切り口を示した“架け橋”のような作品である。
それは過去の自己像を引用しながらも、決して懐古に陥ることなく、常に次を見据えた進化を遂げている。
ロック、ファンク、ニューウェーブ、アートポップ——その全てが破綻せず同居するこのアルバムは、極めて高密度かつ完成度の高い構成を誇る。
社会批評と自画像、未来への不安と現在の分析。全てが一本の鋭利なナイフのように音へと昇華されている。
『Scary Monsters』は、ただの音楽作品ではない。
それは、ボウイという存在が“世界”と“自我”をどう切り取ったか、その手つきそのものなのだ。
おすすめアルバム
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The Idiot / Iggy Pop
ボウイのプロデュースによるポストパンク的傑作。『Scary Monsters』の前提として聴くと理解が深まる。 -
Fear of Music / Talking Heads
ポストパンクと世界音楽を融合させた作品。『Scary Monsters』と同じく社会の不安とサウンドの鋭さを併せ持つ。 -
Peter Gabriel (Melt) / Peter Gabriel
80年代的サウンドと心理の深淵を探るロック作品。ボウイの表現と共振する内向的エネルギー。 -
Let’s Dance / David Bowie
本作の次作にして、商業的成功を収めたポップ・アルバム。『Scary Monsters』の“解放”として位置付けられる。 -
This Year’s Model / Elvis Costello
ニューウェーブ的な批評性と感情の鋭さが際立つ作品。ボウイと同時代の知的反逆者。
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