1. 歌詞の概要
「Salad」は、Blondshell(ブロンドシェル)が2023年にリリースしたセルフタイトル・デビューアルバム『Blondshell』に収録された楽曲であり、その中でも特に異色な存在感を放つ、暴力と怒りと正義がねじれた激情のうたである。
一聴すると、恋愛や依存についての物語のようにも聞こえるが、この曲が描いているのはもっと根深く、もっと危うい——**他者に裏切られ、傷つき、心が壊れていく中で芽生える「報復の願望」**そのものだ。
タイトルの「Salad(サラダ)」という穏やかな言葉とは裏腹に、歌詞は凄惨でユーモラスで、そして非常に怒りに満ちた復讐のファンタジーである。語り手は、自分を傷つけた相手——とくに「彼の母親を殺したい」とすら思うほどの激情に取り憑かれながらも、その感情を“サラダに毒を入れる”というポップでシュールなイメージに託して吐き出していく。
この曲は、傷を癒すのではなく、「怒っていい」という感情の正当性を回復するための音楽であり、Blondshellというアーティストの感情の最も激しい一面を体現する楽曲である。
2. 歌詞のバックグラウンド
「Salad」は、Sabrina Teitelbaum(Blondshell)が「自分でも書いていて怖くなった」と語るほどの過激なリリックを持つ曲であり、それは単なるフィクションではなく、女性として感じた無力さや怒り、性的・精神的な被害の後に湧き上がる暴力的な想像に根ざしている。
彼女はこの曲の背景について、「私たちは『怒ってはいけない』『いい子でいなきゃ』と教えられてきた。でも時には、怒りの中にしか自分を守る力が残っていないこともある」と語っている。
「Salad」は、そうしたタブーとされる怒りの感情を、あえてポップに、あえて戯画化することで、怒りの正当性と暴力性を両方描くという、非常に挑戦的な作品なのだ。
音楽的には、静かな語りから一気にノイズ混じりのサビへと展開する構成が、「静かな狂気から激情へ」の感情の起伏を体現しており、そのダイナミクスが聴く者に戦慄を与える。
3. 歌詞の抜粋と和訳
I think you got what you wanted
I think you got what you asked for
あなたは欲しいものを手に入れた
あなたが求めたものを、手にしたわけだ
I think I’d like to kill you
And maybe your mother too
たぶん私は、あなたを殺したいと思ってる
ついでに、あなたのお母さんも
I’ll put it in a salad
I’ll put it in a salad and I’ll eat it
サラダに入れてやる
それをサラダにして、私は食べるんだ
You’ll never hear this
But I want to say it anyway
あなたはこれを聞くことはないけど
それでも私は言いたい、どうしても
歌詞引用元:Genius – Blondshell “Salad”
4. 歌詞の考察
この曲が描く怒りは、“冷静なふりをした狂気”である。Blondshellはここで、復讐心や殺意といった社会的に「口にしてはいけない」とされる感情を、あえて口にし、しかも美しく整えた言葉とメロディで届ける。それが「Salad」の最大の狂気であり、魅力でもある。
「I’ll put it in a salad」というフレーズは、日常的で無害なイメージ(サラダ)と、最も暴力的な衝動(殺意)を対比させることで、**心の中で何かが壊れてしまった人間の“笑えないユーモア”**を生々しく浮かび上がらせる。
それはまるで、「自分の苦しみが誰にも理解されなかったとき、私はこうしてしか怒れなかった」と語るような悲痛さと諧謔を持っている。
またこの曲は、怒りの対象が一人の男だけでなく、その「母親」にも向けられている点で非常に象徴的である。ここには、「加害者を生み出した構造そのものへの怒り」や、「男を育てる社会への苛立ち」が重ねられており、フェミニズム的な読み解きにも耐えうる深みがある。
一方で、これは“暴力を称賛する歌”ではない。むしろ、そんな思考に至ってしまうほど、語り手が追い詰められていたこと、その想像が唯一の「出口」だったという痛ましい状況こそが、この曲の本質である。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- You Oughta Know by Alanis Morissette
裏切られた怒りと未練を、爆発的なロックでぶつけた90年代のフェミニズム・アンセム。 - Big God by Florence + The Machine
存在を無視された痛みと、そこに潜む怒りを神話的な言語で表現したゴシックポップ。 - Your Best American Girl by Mitski
文化的・性的アイデンティティのずれから生じる怒りと哀しみを描いたラブソング。 -
Stupid Girls by P!nk
女性像に対するステレオタイプへの痛烈な批判と皮肉を放つアグレッシブな一曲。 -
Jenny Was a Friend of Mine by The Killers
加害と被害の語りの不確かさを、サスペンスのような語り口で展開するモラルソング。
6. “怒り”という感情に、正当性を与えるうた
「Salad」は、怒っていいのに怒れなかった人、怒りを抱えたまま微笑んできた人、そしてその怒りを誰にも理解されなかったすべての人のための楽曲である。
それは決して“正しい怒り”ではないし、“洗練された反論”でもない。ただ、心のどこかに積もった「どうしてあんなことが起きたのか」「私はどうしてあんなふうに扱われたのか」という感情の蓄積が、ついに形を持った瞬間の叫びなのだ。
Blondshellは、暴力的な言葉を歌いながらも、そのすべてを「誰にも届かないかもしれない」と知っている。それでも彼女は言う。「あなたには届かなくても、私には言わなきゃいけない」。
この自己表現の切実さ、怒りとユーモアのはざまにある傷のリアルさこそが、「Salad」をただの挑発で終わらせない強さへと変えている。
「Salad」は、痛みに口をつぐんできた人にとっての**“発語のきっかけ”**となる一曲である。それは恐ろしく、でもどこか誇らしい。傷ついた過去に、ユーモアと毒をまぶして返すこの歌は、怒りを“道徳”に変えるのではなく、“自分の感情として所有すること”の価値を、そっと教えてくれる。
怒ることも、壊れることも、語ることも——すべて、生きることのうちにある。そんな当たり前を、音楽にしてしまうのがBlondshellというアーティストの凄みなのだ。
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