発売日: 1984年4月9日
ジャンル: オルタナティヴロック、カレッジロック、フォークロック、ポストパンク
概要
『Reckoning』は、アメリカのオルタナティヴ・ロックバンド、R.E.M.が1984年にリリースした2作目のスタジオ・アルバムであり、彼らの“地下からの躍進”を決定づけたカレッジロックの金字塔的作品である。
前作『Murmur』(1983)が“反主流の美学”として高い評価を受けたのに対し、本作はより明快に、よりパーソナルに、そしてよりメロディアスにR.E.M.のコアを露出させた内容となっている。
プロデューサーには再びミッチ・イースターとドン・ディクソンを起用。録音はわずか11日間で完了し、勢いやライブ感が濃厚に刻まれている。
R.E.M.は当時、“南部出身の文学青年によるポストパンクの再定義”とも形容され、
『Reckoning』では、ギターのリフレイン、マイケル・スタイプの謎めいた歌詞、そして透明感あるバッキングの中に、焦燥と美しさが同居する。
このアルバムは、メジャーの圧力に迎合せず、“自分たちの音”を守ったままシーンを拡張した作品であり、
のちのUSオルタナティヴの隆盛を準備するという意味でも、**まさに“アメリカの地下音楽が地表を打ち破った瞬間”**を記録している。
全曲レビュー
1. Harborcoat
アルバム冒頭を飾る多層的なギターと速いビート。
政治的な比喩を含みながらも、スタイプの歌詞はどこか抽象的で、“意味の霧”を通して情景だけが鮮やかに浮かぶ。
一歩間違えばパンクになりそうなテンションを、繊細なギターが抑制している。
2. 7 Chinese Bros.
ミドルテンポで柔らかい曲調に乗せて、解釈不能なリリックが反復される一曲。
「Seven Chinese brothers swallowing the ocean」という神話的なイメージが印象的。
語感とリズムがメロディに組み込まれた、まさに“詩としてのロック”。
3. So. Central Rain (I’m Sorry)
アルバムのハイライトであり、スタイプの“I’m sorry”という直接的な謝罪が繰り返される珍しいナンバー。
涙をこらえるようなヴォーカルと、ピーター・バックのギターの美しいアルペジオが胸を打つ。
バンド初期の叙情性が最も濃縮された名曲。
4. Pretty Persuasion
アンセミックなギターリフと、ボーカルのコーラスワークが印象的なアップテンポ曲。
ポップさとロックの荒さを絶妙に融合させており、ライヴ映えするナンバーとしても知られる。
5. Time After Time (Annelise)
バラード的なアプローチで、叙情性と夢想感が強い。
シンプルな構成ながら、リフレインの中に時間の感覚と記憶の断片が折り重なっていくような独特の没入感がある。
6. Second Guessing
一転してストレートなロックンロールに近い短編。
陽性で軽やかなグルーヴが特徴だが、タイトル通り“二の足を踏む”ような内容が歌詞に潜む。
バンドの“明るいオルタナ”の原型ともいえる。
7. Letter Never Sent
スネアのタイトな音像とリズムギターが心地よく、まさにドライヴ向けのロック。
実際には書かれなかった手紙という、喪失と沈黙のテーマが音に溶けている。
8. Camera
7分を超えるスローテンポの大作で、アルバム中最も内省的なトラック。
亡くなった写真家の友人を追悼した楽曲とされ、哀悼と敬意が静かに込められている。
一音一音の“間”が語りかけてくるような、R.E.M.の静謐な深さが宿る。
9. (Don’t Go Back To) Rockville
マイク・ミルズがリードボーカルを担当する、カントリー調の軽快なナンバー。
ツアーに出た恋人に戻ってくるなと歌いながらも、その裏には未練が滲む。
アメリカ南部らしい音楽的背景が、バンドのルーツを感じさせる。
10. Little America
締めくくりにふさわしい勢いのあるラストチューン。
“アメリカ”というワードを含みながら、意味よりも音の衝動が勝る“走り抜けるエンディング”として完璧。
総評
『Reckoning』は、R.E.M.というバンドが“曖昧さ”と“透明さ”を武器に、オルタナティヴ・ロックというジャンルを静かに塗り替えていった記録である。
ギターはジャングリーで美しく、ベースとドラムは躍動し、歌詞は夢の断片のように浮かんでは消える。
そこには政治も宗教もラブソングもあるが、どれも“ひとつの意味”には還元されない。
意味を断片にし、感情をそのまま音にする——それがR.E.M.の核心なのだ。
このアルバムは、のちの『Document』や『Out of Time』のような商業的成功の前段階にありながら、
すでに彼らの世界観は確立されている。
**つまり“未完成の洗練”**というR.E.M.の最良の魅力が、ここにある。
おすすめアルバム(5枚)
- R.E.M. / Murmur
デビュー作にして霧の中のような音世界を作り上げた前作。『Reckoning』との対比も含めて必聴。 - The Smiths / The Queen Is Dead
詩的リリックとギターポップの融合。UKにおけるR.E.M.の対になる存在。 - The Replacements / Let It Be
同時代のアメリカン・オルタナティヴの代表格。荒さと叙情の同居という点で共鳴する。 - Hüsker Dü / Zen Arcade
ポストハードコアにおけるコンセプチュアルなアプローチ。アメリカの地下精神を共有。 -
Galaxie 500 / On Fire
ドリーミーなロックの構造を持ちながら、静かに情熱を語る作品。『Camera』の余韻と重なる。
歌詞の深読みと文化的背景
マイケル・スタイプのリリックは、明確な意味を持たないことが前提であるように見える。
だがそれは、“意味の不在”というより、“多義性の肯定”である。
「So. Central Rain」の“I’m sorry”は謝罪とも祈りともとれる。
「Camera」の沈黙は死への敬意かもしれないし、忘却への抵抗かもしれない。
“意味しすぎない”ことで、聴き手の感情が自由に投影される構造を持っているのだ。
また、1980年代のアメリカ南部という土地から出たR.E.M.が、
カレッジチャートを席巻したという事実は、インディ文化が“対抗”ではなく“浸透”へと移行する分岐点でもあった。
『Reckoning』はその“文化的転移”の中で、静かに、しかし確実に時代を変えていったアルバムである。
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