
1. 歌詞の概要
Arcade Fireの「Ready to Start」は、2010年のアルバム『The Suburbs』に収録されている楽曲であり、アルバム全体の中でも特にエネルギッシュで印象的なトラックのひとつである。タイトルが示すように「準備が整った」という決意表明のような言葉で始まるが、その内実は単純な楽観や前向きさではなく、現代社会に生きる人間の葛藤や疎外感を抱えたまま「それでも動き出さなければならない」という皮肉を含んでいる。
歌詞ではメディアや政治、あるいは大衆文化に対する不信感や諦念が描かれており、まるで「自分が完全にコントロールできない世界に足を踏み入れることへの恐怖」と「それでも抗いながら前に進もうとする衝動」が同時に存在しているように響く。音楽的にはドライヴ感のあるギターリフと力強いビートが基盤となり、Arcade Fireらしいシンフォニックな要素が重なりながら、リスナーを「抗う意思の宣言」へと導いていく。
2. 歌詞のバックグラウンド
『The Suburbs』は、Arcade Fireがモントリオール郊外で育った自身の体験をもとに、現代の都市化や郊外生活の単調さ、そして大人になるにつれて失われていく無邪気さを描いた作品である。その中で「Ready to Start」は、アルバム序盤に位置し、まるでリスナーに「これから始まる物語の導入」として提示されるような楽曲となっている。
この曲が注目されるのは、Arcade Fireが2000年代後半から2010年代にかけて、インディーロックという枠を超えた「時代の代弁者」としての立場を獲得したことに関わっている。当時の音楽シーンでは、社会不安やメディア批判を直接的に語ることを避けるアーティストも多かったが、Arcade Fireは「世界の仕組みそのものに懐疑を抱く視点」を明確に提示した。
「Ready to Start」はその代表格であり、ウィン・バトラーが歌う「もし政府が俺の心を所有しているなら、俺はそんな心を持ちたくない」という強烈なラインは、個人の自由と主体性を求める叫びとして響く。同時に、それは現代人が直面する「選択肢の多い社会の中で、自由を持ちながらも囚われている矛盾」を映し出しているようにも感じられる。
3. 歌詞の抜粋と和訳
(引用元:Genius Lyrics)
All the kids have always known
すべての子供たちはずっと知っていた
That the emperor wears no clothes
皇帝が裸であることを
But they bow down to him anyway
それでも彼らはひれ伏す
It’s better than being alone
孤独でいるよりはましだから
この部分は、社会の矛盾や権力の虚構に気づきながらも、人はそのシステムに従ってしまうというアイロニカルな状況を示している。「裸の王様」の寓話を引用することで、真実を知りながらも従属する人間の弱さを批判的に描いている。
If the businessmen drink my blood
もしビジネスマンたちが俺の血を啜るなら
Like the kids in art school said they would
美術学校の子供たちが言っていたように
Then I guess I’ll just begin again
それなら俺はもう一度始めるしかない
You say, “Can we still be friends?”
君は言う「まだ友達でいられる?」と
ここでは、資本主義社会における搾取の構造を痛烈に批判しつつ、それでも立ち上がり「もう一度始める」と歌う姿が描かれている。
4. 歌詞の考察
「Ready to Start」は、そのタイトルとは裏腹に、決して純粋な希望の歌ではない。むしろ現実社会に対する苛立ち、無力感、そしてシニカルな視点に満ちている。しかし、その苛立ちや諦念を抱えた上で「それでも始めなければならない」という強い意志が込められている点が、この曲をただの批判的な歌に留めず、抗いの賛歌へと昇華させている。
「皇帝が裸である」と気づきながらも従わざるを得ない人々は、現代社会における矛盾や権力構造を象徴している。それを暴き出すことは勇気を要するが、Arcade Fireはその「気づき」と「行動」を音楽で共有しようとしたのだ。
また、この曲はライブにおいて特に強烈な存在感を放つ。観客が一斉に拳を突き上げ、「Ready to Start!」と叫ぶ瞬間は、個人の孤独や苛立ちを超えて、共同体としての力を体感する儀式のようなものになっている。Arcade Fireが提示するのは、単なる社会批判ではなく「一緒に立ち上がろう」という呼びかけなのだ。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Power Out by Arcade Fire
電力の喪失をメタファーに社会の閉塞を描いた曲。 - Wake Up by Arcade Fire
希望と抗いを同時に響かせる壮大なアンセム。 - There Is a Light That Never Goes Out by The Smiths
逃避と抗いを同時に抱える若者の賛歌。 - Killing in the Name by Rage Against the Machine
体制への直接的な怒りを爆発させる曲。 - Exit Music (For a Film) by Radiohead
抑圧から逃れようとする決意を描いた名曲。
6. Arcade Fireの「反抗のアンセム」として
「Ready to Start」は、『The Suburbs』というアルバムの文脈において、郊外生活の単調さや現代社会の矛盾を背景にした「反抗の開始宣言」として位置づけられる。その響きは単なる世代の感情を超え、社会の中で葛藤するすべての人々にとっての「自分を奮い立たせる音楽」として機能している。
Arcade Fireは常に「共同体」と「抵抗」のテーマを扱ってきたが、その中でも「Ready to Start」はもっとも直接的に行動を促す曲だといえる。批判と諦念の中から生まれる「それでも前に進む意志」が、この曲を時代を超えて鳴り響かせ続けているのだ。
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