発売日: 1984年10月12日
ジャンル: インディー・ポップ、ギターポップ、ネオアコースティック
概要
『Rattlesnakes』は、Lloyd Cole and the Commotionsが1984年に発表したデビュー・アルバムであり、文学性とギターポップの洗練が奇跡的に融合した、ネオアコースティックの金字塔である。
イギリス・グラスゴー出身のLloyd Coleが率いるこのバンドは、The SmithsやAztec Cameraと同時代に登場しながらも、より知的で抒情的なアプローチで独自の立ち位置を築いた。
アルバム全体に通底するのは、20代前半の青年が抱える都会的倦怠とアイロニカルな恋愛観、そしてアメリカ文学や映画からの引用をちりばめた言葉の美学である。
プロデューサーにはポール・ハードマンとポール・ウィリアムズを迎え、クリーンなギターサウンドと抑制されたリズム、そしてLloyd Coleの低く静かな語り口が印象的な音世界を作り上げた。
英NME誌では「1984年最良のデビュー作」と絶賛され、今もなお**“ギターで詩を書く”という理想を具現化した作品**として多くのリスナーに愛され続けている。
全曲レビュー
1. Perfect Skin
アルバムの冒頭を飾る、軽快なテンポとウィットに富んだ歌詞が光る代表曲。
「彼女は完璧な肌を持ってるけど、脳の中身はどうだろう?」というフレーズに代表されるように、恋愛における皮肉と憧れが絶妙にブレンドされた一曲。
Lloydのヴォーカルはクールで、カッティング・ギターとピアノが都市の疾走感を演出する。
2. Speedboat
一転して、静謐なムードが漂うナンバー。
スピードボートをモチーフにした物語性豊かな歌詞は、ブルジョワ階級の空虚さや気取った関係性の儚さを描いた短編小説のようである。
ピアノとギターの控えめな絡みが、余白を活かした美しさを生んでいる。
3. Rattlesnakes
タイトル曲にして、アルバムの主題が最も濃縮された一曲。
Joan DidionやSimone de Beauvoirなどの文学的引用がちりばめられたリリックは、知的なロマンスのほろ苦さを端的に表現している。
「She looks like Eva Marie Saint in On the Waterfront」という一節に象徴されるように、恋人というより“映画の中のイメージ”を愛する感覚が現代的で、なおかつ切ない。
4. Down on Mission Street
グラスゴーとサンフランシスコが重なるような風景の中で、自己認識と社会からの孤立が歌われる。
地理的距離と心理的距離を巧みに重ねる手法は、まさにColeの詞世界の真骨頂。
淡々としたアレンジが物語の浮遊感を際立たせる。
5. Forest Fire
激情と諦念が入り混じる、アルバム中最もドラマティックなバラード。
「君を火事に巻き込むつもりなんだ」と歌うLloydの声には、恋愛の破壊性とそれを肯定してしまう若者の傲慢さが滲む。
ストリングスとギターの盛り上がりが、曲のクライマックスに向かって爆発的なエモーションを築き上げる。
この曲の存在が、アルバムに大きな重力を与えている。
6. Charlotte Street
まるで日記のような歌詞が印象的な、穏やかなギターポップ。
ロンドンの地名を冠したこの曲は、都市に住む者の孤独と、街角でふと出会う過去の記憶を丁寧にすくい取っている。
さりげないコード展開の中に、感情のゆらぎが巧みに織り込まれている。
7. 2CV
フランス車“2CV”に乗る女性との甘美でアイロニカルな関係を描いた一編。
ポップなアレンジと皮肉なリリックの対比が面白く、軽やかなサウンドに反して、語られる内容は意外に冷めている。
ギターとピアノの絡みがソフト・ロック的で、他の曲とのバランスも絶妙。
8. Four Flights Up
都会的なアパートの四階という日常的な設定の中に、静かな焦燥や閉塞感を落とし込んだ、ミニマルで美しい小品。
ドラムとベースのリズムが、部屋にこもる主人公の時間感覚とリンクする。
この曲の存在が、アルバム全体の“生活と文学のあいだ”というトーンを強化している。
9. Patience
メロディは甘く、歌詞はビター。
“待つこと”の美徳と苦しさをテーマにしながら、恋愛と人生のすれ違いを時間軸で描く叙情詩。
ささやくようなコーラスと、温もりのあるギターが柔らかな余韻を残す。
10. Are You Ready to Be Heartbroken?
アルバムのクロージングにして、最も有名な一曲。
「君は傷つく準備ができてるかい?」というフレーズは、恋愛を始めることの痛みと快楽の両義性を問いかける金言。
陽気なギターとポップなテンポの中で、その問いはむしろ重く響く。
この曲でアルバムは、青春のきらめきと痛みを同時に肯定する形で幕を閉じる。
総評
『Rattlesnakes』は、文学と恋愛と音楽の交差点に立つような、繊細で知的なポップ・アルバムである。
The Smithsほどメランコリックではなく、Aztec Cameraほどロマンティックでもない。
Lloyd Coleはあくまで観察者としての距離感を保ちながら、都市と人間の物語を冷静に描いている。
ギターポップでありながら、アレンジは引き算の美学に徹し、言葉の密度が際立つ構成。
それゆえに、歌詞を“読む”ことがこのアルバムの最大の快楽であり、再聴するごとに違う角度からの発見がある。
ポップソングに知性を宿らせるという命題に、これほど誠実に応えたデビュー作は稀有である。
『Rattlesnakes』は、青春の痛みを過剰に dramatize することなく、むしろ静かなまなざしでその輪郭をなぞる傑作である。
おすすめアルバム(5枚)
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Prefab Sprout – Steve McQueen (1985)
同じく文学的ポップの金字塔。緻密なアレンジと知的リリックが共通。 -
Aztec Camera – High Land, Hard Rain (1983)
同時期のギターポップ名作。よりメロディアスなアプローチ。 -
The Go-Betweens – 16 Lovers Lane (1988)
都会の詩情と恋愛の記憶を繊細に描く、オーストラリア発の傑作。 -
The Smiths – The Queen Is Dead (1986)
よりメランコリックで鋭い視点を持つギターポップ。Lloydと対を成す存在。 -
Everything But The Girl – Eden (1984)
同じく知性と感性を融合させたソフィスティケイテッド・ポップ。穏やかな陰影が共鳴する。
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