Pyramid Song by Radiohead(2001)楽曲解説

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1. 歌詞の概要

「Pyramid Song(ピラミッド・ソング)」は、Radioheadが2001年にリリースした5作目のアルバム『Amnesiac』に収録された楽曲であり、同年のシングルとしても発表された。
その神秘的で深遠な世界観、変則的なリズム、そして“死と再生”を思わせる歌詞は、リスナーの内面を深く揺さぶるような力を持っている。

曲の語り手は、まるであの世とこの世のあいだを旅しているかのように語る。
洪水のあとに黒い鳥とともに空を飛び、待っていた友人や家族に出会い、「地獄も罰もなく、誰もが翼を持っていた」と語る世界は、ある種の来世、あるいは夢のように歪んだ“浄化された現実”を描いているようでもある。

この歌にはストレートな感情の爆発はない。あるのは、漂うような声と、時を失ったようなピアノの反復、そして死生観すら内包する静かな肯定だ。
それはまるで、痛みや後悔を通過した先にある“無重力の心”を音楽として体現しているかのようである。

2. 歌詞のバックグラウンド

「Pyramid Song」のインスピレーションにはいくつかの要素が絡み合っている。
まずトム・ヨークは、古代エジプトの死生観、とりわけ“魂が死後に川を渡り、再び友人や家族に出会う”という神話に強く惹かれていたことを明言している。
また、チャールズ・ミンガスなどのジャズに影響された変則的なリズムもこの曲の特徴であり、特に冒頭のピアノは拍がどこにあるのかわからない、まるで“時間そのものを脱ぎ捨てた”ような浮遊感を生み出している。

この曲はもともと『Kid A』の制作時期に書かれていたが、最終的には姉妹作とも言える『Amnesiac』に収録された。
Kid A』が無機質で断絶的なサウンドに重心を置いていたのに対し、『Pyramid Song』は“記憶”と“魂”によりフォーカスされた内省的な楽曲であり、その意味でも『Amnesiac』というタイトルにふさわしい。

レコーディングでは、オーケストラのストリングスが終盤にかけて加わり、楽曲全体がクライマックスに向かって大きく広がっていく。
その響きは、決して感情を煽るものではなく、魂の輪郭を淡く照らすような、慎ましい美しさを宿している。

3. 歌詞の抜粋と和訳

引用元:Genius Lyrics – Radiohead “Pyramid Song”

I jumped in the river and what did I see?
僕は川に飛び込んだ すると何が見えたと思う?

Black-eyed angels swam with me
黒い目の天使たちが 僕と一緒に泳いでいた

A moon full of stars and astral cars
星々をいっぱい詰め込んだ月と 天体を走る車たち

And everything was beautiful and nothing hurt
すべてが美しく 何ひとつ痛みはなかった

There was nothing to fear and nothing to doubt
恐れるものも 疑うものも 何もなかった

4. 歌詞の考察

「Pyramid Song」の歌詞は、明確な意味を持つストーリーテリングではなく、感覚的・象徴的なイメージの連なりとして構成されている。
語り手は“死”のような体験を通して、ある種の「超越した世界」へと踏み込んでいく。

「I jumped in the river(川に飛び込んだ)」という冒頭の一節は、明らかに“死の比喩”である。
西洋の死後観において、川はしばしば“この世とあの世の境界”として描かれる。だがここで語られる“死後の風景”は恐ろしいものではない。

「Black-eyed angels(黒い目の天使)」「moon full of stars(星々を含んだ月)」「astral cars(天体を走る車)」といった幻想的なイメージは、現実の重力から解き放たれた世界を描いている。
そしてそれは、“夢”であり、“死”であり、あるいは“悟り”のようなものかもしれない。

「And everything was beautiful and nothing hurt(すべてが美しく、何も痛まなかった)」というラインは、カート・ヴォネガットの小説『スローターハウス5』からの引用とも言われており、戦争や苦しみの先にある、“痛みのない理想郷”への祈りのようにも聞こえる。

そして何より象徴的なのが、「There was nothing to fear and nothing to doubt(恐れるものも、疑うものも、なかった)」という言葉。
この一節は、絶望を突き抜けたあとに訪れる、“静けさのある諦念”や“心の自由”を思わせる。
それは宗教的な救済というよりも、むしろ「すべてを受け入れることによって、ようやく救われる」という、東洋的な悟りに近いものかもしれない。

5. この曲が好きな人におすすめの曲

  • Motion Picture Soundtrack by Radiohead
    『Kid A』のラストを飾る死と天国をテーマにした楽曲。Pyramid Songのスピリチュアルな余韻と通じ合う。

  • Unravel by Björk
    魂と肉体の分離を優しく描いた名曲。内省的で夢のような音像が共鳴する。

  • Holocene by Bon Iver
    世界と自己の小ささを肯定的に見つめるスピリチュアル・フォーク。Pyramid Songの静けさに似た空気を持つ。

  • The Rip by Portishead
    浮遊感と哀しみが混じり合う電子的バラード。儚さと壮大さが共存する点で通じる。

6. “死”という扉の向こうにある、奇妙な静けさと美しさ

「Pyramid Song」は、Radioheadというバンドが感情の表現をロック的な爆発ではなく、“抽象と空白”によって描くことに完全に移行したことを示す重要な楽曲である。

この曲における死や再生は、決して暗く重苦しいものではない。
むしろ、すべての執着から解き放たれた“無重力の状態”として描かれている。そこでは痛みもなく、疑いもなく、ただ漂うように存在する。

この曲を聴くという体験そのものが、“世界と自分の境界が薄くなる瞬間”であり、私たちは音とともに、どこか遠い場所へと連れていかれる。
それは夢か、記憶か、あるいはまだ見ぬ来世か。解釈の余地は無限にありながら、誰の心にも深く染み入る“何か”がここにはある。

「Pyramid Song」は、痛みを知った人のための鎮魂歌であり、迷いの中にある人のための祈りの歌でもある。
言葉では届かない場所にまで届くような、静かで大きな力を持つこの曲は、Radioheadのキャリアの中でも最も崇高で、最も人間的な楽曲のひとつだと言っていいだろう。

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