
発売日: 1992年
ジャンル: ローファイ・ロック、インディーロック、パワーポップ
- 爆音と紙飛行機の夢——“ロックバンドとしてのGBV”が一度燃え上がった瞬間
- 全曲レビュー
- 1. Over the Neptune / Mesh Gear Fox
- 2. Weedking
- 3. Particular Damaged
- 4. Quality of Armor
- 5. Metal Mothers
- 6. Lethargy
- 7. Unleashed! The Large-Hearted Boy
- 8. Red Gas Circle
- 9. Exit Flagger
- 10. 14 Cheerleader Coldfront
- 11. Back to Saturn X Radio Report
- 12. Ergo Space Pig
- 13. Circus World
- 14. Some Drilling Implied
- 15. On the Tundra
- 総評
- おすすめアルバム
爆音と紙飛行機の夢——“ロックバンドとしてのGBV”が一度燃え上がった瞬間
『Propeller』は、Guided by Voicesが1992年に自主制作で発表した5作目のアルバムであり、
のちのブレイク作『Bee Thousand』に直結する“ギター・バンドGBV”の出発点とも言える重要作である。
過去作の断片的で実験的なローファイ志向を部分的に引き継ぎつつも、
本作ではバンド編成の力強さとポラードのポップセンスが明確に融合。
さらに、“これは最後のアルバムになるかもしれない”という気持ちで制作されたこともあり、
全編に破れかぶれの情熱と美意識の高ぶりが宿っている。
ジャケットは一枚一枚異なるハンドメイド仕様、限定プレス300枚という形でリリースされ、
ローカルな伝説として語り継がれてきたこの作品。
それはまさに、プロペラのように不器用に回り続ける、DIYロックの魂なのだ。
全曲レビュー
1. Over the Neptune / Mesh Gear Fox
アルバムは、バンドのアンセムともいえる“偽アリーナ・ロック”で幕を開ける。
壮大なSE、レイヤーされたギター、誇張されたヴォーカル——すべてが“バンドごっこ”の愛すべきパロディであり、
同時に“これが俺たちのロックンロールだ!”という真剣な演劇でもある。
2. Weedking
優れたメロディとローファイなミックスのバランスが絶妙なナンバー。
タイトルの“雑草王”は、GBVの立ち位置そのもののようだ。
はみ出し者たちのポップ賛歌。
3. Particular Damaged
アブストラクトで断片的なインスト/インタールード。
一瞬だけ訪れる“壊れた世界の風景”。
4. Quality of Armor
この時期のGBVが最も“バンドらしく”聴こえるパワーポップ・ナンバー。
“クオリティ・オブ・アーマー(鎧の質)”という比喩がポラードらしい。
守りながら走り出す勇気の歌。
5. Metal Mothers
どこか英国的なメロディラインとパンキッシュな疾走感。
GBVの“アメリカーナ的変奏ブリットポップ”という側面が垣間見える。
6. Lethargy
ノイジーで短く、吐き捨てるようなヴォーカル。
“無気力”をテーマにしながら、音だけは妙に熱を帯びている。
7. Unleashed! The Large-Hearted Boy
本作の中でもっとも愛されるGBV的名曲のひとつ。
短く、切なく、どこかSFのような詩世界と、
“解き放たれた心優しい少年”というロマンティックなモチーフが織りなすポップの極地。
8. Red Gas Circle
またしても数十秒の抽象的なインスト。
“赤いガスの円”というタイトルだけで想像が膨らむ、詩的な断片。
9. Exit Flagger
サビのメロディとリフが異様にキャッチーなギターロック。
“フラッグを振る人”=誰かの終わりを告げる者、というアイロニカルなイメージがGBV的。
10. 14 Cheerleader Coldfront
コーラスとコード進行が一体となった、甘酸っぱくも奇妙な楽曲。
“14人のチアリーダーと寒気”という謎の情景が、アメリカン・スクールライフと疎外感の混在を描く。
11. Back to Saturn X Radio Report
サターンXへの無線通信。
この短いトラックの中に、SF的モチーフと音響実験が凝縮されている。
12. Ergo Space Pig
奇妙なコード進行とタイトルが導く、GBVらしい迷宮的ポップ。
論理と宇宙と豚——意味があるようで意味がない。それでも心に残る。
13. Circus World
ノスタルジックなメロディと“サーカス”というシンボリックな語。
ロックバンドという“見世物小屋”に対する、ポラードなりの皮肉と愛情が滲む。
14. Some Drilling Implied
短く鋭い音響の断片。ポエジーというより音のフィードバック詩とでも呼ぶべき一曲。
15. On the Tundra
エンディングにふさわしい、荒野と孤独を思わせるロック・ナンバー。
凍てつく風景の中を歩きながら、ポラードはまだ歌っている。
総評
『Propeller』は、Guided by Voicesが“ロックバンドという幻想”を本気でやってみたアルバムである。
それは決してパロディではなく、貧しさや孤独、才能の不安と向き合いながらも、
“音を鳴らすこと”への信念と喜びをむき出しにした記録だ。
ガルージュからアリーナへ、夢から解体へ、即興から詩へ。
すべてが雑に混ざりながら、このアルバムは確かに飛び立っている。
そのプロペラは、まだ小さく、ぎこちなく、空高くは届かないかもしれない。
だが、その回転音は、無数のローファイ・バンドのエンジン音として世界中に広がっていった。
おすすめアルバム
-
『Bee Thousand』 by Guided by Voices
『Propeller』の“夢の続き”。断片美とメロディの到達点。 -
『Alien Lanes』 by Guided by Voices
GBVのパンク/ポップ精神の全開モード。さらに断片化が進む。 -
『Slanted and Enchanted』 by Pavement
ローファイとアート性の融合。『Propeller』の同時代的兄弟作。 -
『Twin Infinitives』 by Royal Trux
ロックの記号をぐちゃぐちゃに混ぜる快楽。ノイズと実験の側面で共鳴。 -
『Fun Trick Noisemaker』 by The Apples in Stereo
GBV的DIYポップの陽性解釈。ローファイ×メロディの現代形。
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