発売日: 1967年9月(UK盤)
ジャンル: プログレッシブ・ロック、バロック・ポップ、アート・ロック
概要
『Procol Harum』は、英国のアート・ロック・バンド、プロコル・ハルムが1967年に発表したデビュー・アルバムであり、同年に世界的ヒットを記録したシングル「A Whiter Shade of Pale(青い影)」での鮮烈な登場に続く、バロックとロックの融合という大胆な試みに満ちた一作である。
バッハ的和声、クラシックの旋律美、ブルースロックの躍動、そしてシュールかつ詩的な歌詞が共存し、サイケデリック時代のなかでも異彩を放つアルバムとなった。
なお、UK初回盤には「A Whiter Shade of Pale」は未収録(US盤には収録)であり、構成も若干異なる。
本レビューでは、代表的なUKオリジナル盤に基づいて解説する。
プロコル・ハルムの音楽性は、このアルバムにしてすでに完成されており、のちのプログレッシブ・ロックやゴシック・ロックにまで影響を及ぼした。
全曲レビュー(UK盤)
1. Conquistador
のちにライヴ版でヒットするPocoの代表曲の原型。
スペインの征服者をテーマにした歌詞は、権力の虚しさと時間の残酷さを諷刺する。
ロック的リズムとクラシカルなオルガンが交錯する、象徴的なオープニング。
2. She Wandered Through the Garden Fence
幻想的で不条理な歌詞と、軽快なビートが融合したナンバー。
ガーデンフェンスという閉鎖空間を抜けてゆく女性像は、当時のサイケデリック文化と幻想文学の影響を強く感じさせる。
3. Something Following Me
死や運命といった“目に見えない何か”の追跡を描いた、ダークでブルージーなナンバー。
ゲイリー・ブルッカーのボーカルに宿る重みと、内省的なコード進行が重層的な不安感を生む。
4. Mabel
不思議なユーモアと西部劇風のテンポが印象的な短編。
ガラリと雰囲気を変えることで、アルバム全体にシュールな浮遊感を与える。
5. Cerdes (Outside the Gates of)
全体の中でも特にジャズ的な即興性とヘヴィネスを持つ大曲。
死後の世界を想起させる歌詞と、沈み込むようなベースラインが印象的。
即興的ギターとオルガンの掛け合いが、アルバム中でも最も“プログレ”を感じさせる瞬間。
6. A Christmas Camel
聖書的モチーフとエロス的象徴が混在する、複雑な詩世界。
タイトな演奏とねじれた歌詞が不可思議な磁場を生み、聴き手を不安定な精神世界へ誘う。
7. Kaleidoscope
万華鏡のように回転するイメージと、現実が解体していく感覚がリンクした、まさに“サイケの極地”ともいえる楽曲。
急速な展開と多様なコード感は、のちのロック実験主義への先駆け。
8. Salad Days (Are Here Again)
モンティ・パイソン的ともいえる皮肉と懐古が混在したナンバー。
“あの美しき日々は戻ってきた”というタイトルとは裏腹に、どこか空虚な響きが漂う。
ポップでありながら退廃的。
9. Good Captain Clack
寓話的な人物“クラック船長”を巡る物語。
テンポは軽快ながら、背後にある寓意や風刺は極めてシニカル。
イギリス的ブラックユーモアの真骨頂。
10. Repent Walpurgis
アルバムの最後を飾るインストゥルメンタル。
バッハの影響を強く受けた構成で、オルガンとギターが荘厳に交錯する。
“ワルプルギスの夜”というタイトルが象徴するように、宗教的・神秘的世界観が音の中に展開される。
プロコル・ハルムというバンドの理念を凝縮したような締めくくり。
総評
『Procol Harum』は、バンドのデビュー作であるにもかかわらず、すでに高度な完成度を持った“バロック・ロックの金字塔”である。
ゲイリー・ブルッカーの深みあるボーカル、マシュー・フィッシャーの荘厳なオルガン、ロビン・トロワーのギターが織りなす三位一体のアンサンブルは、サイケデリックやブルースに依拠しつつも、より文学的かつ構築的な音楽世界を築いている。
また、キース・リードによる歌詞は詩的で抽象的、時に宗教的/哲学的な問いかけを孕み、他の60年代バンドとは一線を画す“内的宇宙”を形成している。
『Sgt. Pepper’s』や『The Piper at the Gates of Dawn』といった同年の革命的作品群と比べても、独特の冷たさと荘厳さを備えた異端の美を湛えており、のちのプログレッシブ・ロックの黎明を告げる作品として高く評価される。
おすすめアルバム(5枚)
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The Moody Blues – Days of Future Passed (1967)
クラシックとロックの融合という点での双璧。オーケストラとの共演が特徴。 -
King Crimson – In the Court of the Crimson King (1969)
プログレッシブ・ロックの本格的起点。叙情性と構築美に共通点あり。 -
The Zombies – Odessey and Oracle (1968)
バロック・ポップ的な繊細さと心理的深み。リリカルな美しさが共通。 -
The Nice – Ars Longa Vita Brevis (1968)
クラシックロック先駆者。キース・エマーソンによる鍵盤主導の劇的展開が通じる。 -
Pink Floyd – The Piper at the Gates of Dawn (1967)
幻想と混沌の音世界。プロコル・ハルムの文学的な構築とは対照的で興味深い比較対象。
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