発売日: 2024年2月2日
ジャンル: アートロック、バロックポップ、インディーロック
概要
『Prelude to Ecstasy』は、イギリス・ロンドン出身のバンド、The Last Dinner Partyが2024年にリリースしたデビューアルバムであり、ゴシックな美意識と官能的なエネルギーを融合させた作品である。
バンドは、アビゲイル・モリス（ボーカル）を中心に結成され、クラシカルな素養とロックへの情熱を掛け合わせたスタイルで注目を集めた。
『Prelude to Ecstasy』は、彼女たちがこれまでライブで築き上げてきたドラマティックな世界観を、スタジオ録音で極限まで洗練させたものとなっている。
プロデュースを務めたのは、フローレンス・ウェルチ（Florence + The Machine）の作品でも知られるジェームズ・フォード。
彼の手腕によって、壮麗なストリングス、劇的なダイナミクス、妖艶なボーカルが一体となったゴージャスなサウンドが生み出された。
文化的背景には、ヴィクトリア朝ロマン主義やゴシック小説、ポストパンク、90年代ブリットポップのエレガンスが影響しており、
本作は2020年代のUKロックにおける新たな”様式美”の象徴ともいえる存在感を放っている。
全曲レビュー
1. Prelude to Ecstasy
荘厳なストリングスで始まるインストゥルメンタル。
まるで古典音楽の序曲のように、これから訪れる感情の嵐を予感させる。
2. Burn Alive
爆発的なエネルギーに満ちたロックナンバー。
欲望と破滅の快楽をテーマに、ギターとボーカルが火花を散らす。
圧倒的な熱量で、リスナーを一気に引き込む冒頭曲だ。
3. Caesar on a TV Screen
メディア社会と権力の虚像を皮肉る歌詞が光る一曲。
ピアノの軽やかなフレーズと、ヒステリックなボーカルが絶妙なコントラストを生む。
4. The Feminine Urge
フェミニズム的視点から、女性性の押し付けに対する怒りと悲しみを爆発させた楽曲。
パワフルなコーラスとダークなギターサウンドが、激しいエモーションを増幅させる。
5. On Your Side
アルバム中でもっともロマンティックなバラード。
愛と忠誠、そして裏切りへの微かな不安を、しっとりとしたサウンドスケープの中で描く。
6. Beautiful Boy
甘美なメロディと毒を含んだリリックが交錯するポップナンバー。
アイドル化された男性像への批判が、優雅な曲調の中に忍び込んでいる。
7. Gjuha
バルカン音楽に影響を受けた異色のトラック。
エキゾチックなリズムと、異国語（アルバニア語）を取り入れたボーカルが、アルバムに新たな色彩を添える。
8. Sinner
官能と罪悪感をテーマにしたダークで妖艶なナンバー。
うねるようなベースラインと、囁くようなボーカルが絡み合う。
9. My Lady of Mercy
宗教的イメージを引用しながら、自己救済への欲求を歌った壮大な楽曲。
クライマックスに向かって積み重なるストリングスとコーラスが圧巻だ。
10. Portrait of a Dead Girl
バロック調のイントロから一転して、怒涛のロックへと展開する衝撃作。
生と死、美と醜を同時に見つめる視線が鋭い。
11. Mirror
自己認識と自己嫌悪をテーマにした内省的なバラード。
静かに、しかし確かに心を締めつけるような一曲。
12. Nothing Matters
リードシングルとしても知られる、アルバム最大のハイライト。
愛と破滅を天秤にかけながら、それでも生きることを肯定するメッセージが、華やかなサウンドとともに高らかに響く。
総評
『Prelude to Ecstasy』は、The Last Dinner Partyの持つ美学と感情の振幅を、これ以上ない形で結晶化させたデビューアルバムである。
クラシカルな格式と、ロックの衝動を大胆に融合させるそのスタイルは、現代UKシーンにおいて非常に異色かつ新鮮だ。
アビゲイル・モリスのボーカルは、力強さと繊細さ、気高さと情念を自在に行き来し、
楽曲ごとにまるで異なるキャラクターを演じ分けるかのような表現力を見せる。
また、単に”レトロ趣味”にとどまらず、ポストフェミニズムやメディア批評といった現代的なテーマを、
優雅でありながらも鋭利な筆致で描き出している点も特筆すべきだろう。
楽曲構成も緻密で、インストゥルメンタルからハードロック、バラード、バロックポップまで緩急自在。
アルバムを通して聴くことで、まるで一篇の叙事詩を読了したかのような満足感が得られる。
『Prelude to Ecstasy』は、The Last Dinner Partyというバンドが持つ無限の可能性を示すと同時に、
現代インディーロックが今なお新たな形で進化し続けていることを証明する重要作である。
おすすめアルバム（5枚）
- Florence + The Machine『Lungs』
ゴシックで劇的な美学、そして女性の力強さを謳う点で共通。 - Wolf Alice『Visions of a Life』
ジャンルを越境しながら、感情の機微を丁寧に描き出すアプローチが重なる。 - Bat for Lashes『Two Suns』
幻想的で物語性の強い世界観を持つアートポップ作品。 - Kate Bush『Hounds of Love』
クラシカルな感性と前衛的な実験精神が共存する金字塔的アルバム。 - Weyes Blood『Titanic Rising』
ロマンティックで叙情的なポップを現代的にアップデートした名作。
ビジュアルとアートワーク
『Prelude to Ecstasy』のアートワークは、19世紀の絵画を思わせる豪華で退廃的なビジュアルが採用されている。
メンバーたちはヴィクトリア朝風のドレスに身を包み、朽ちた宮殿の中で撮影されており、
“快楽への前奏曲”というタイトルにふさわしい、甘美で背徳的なムードが漂っている。
MVやアーティスト写真でも、宗教画や古典絵画へのオマージュが多用されており、
サウンドだけでなく視覚的にも強烈な世界観を築き上げている点が、The Last Dinner Partyを単なる音楽グループ以上の”総合芸術プロジェクト”たらしめている。
コメント