アルバムレビュー：Pleasure One by Heaven 17

発売日: 1986年11月17日
ジャンル: シンセポップ、ブルー・アイド・ソウル、エレクトロポップ

概要
全曲レビュー
総評
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概要

『Pleasure One』は、Heaven 17が1986年に発表した4作目のスタジオ・アルバムであり、デジタルとソウルの境界線で揺れる彼らが、ポップと政治のバランスを再構築しようと試みた意欲作である。
前作『How Men Are』でシンセとアコースティック要素の融合に踏み出した彼らは、本作においてさらにオーガニックな方向性を強め、セッション・ミュージシャンや生楽器を多用した温かみのあるアンサンブルを特徴とする。

タイトル「Pleasure One」は、個人の快楽と欲望、そしてその社会的意味を問う示唆的な言葉であり、80年代後半の“自己実現の時代”を反映するようなポップ感覚に裏打ちされている。
この時期、英国のポップシーンは急速に変化し、ニューウェイヴの終焉とハウス／ダンスへの移行期にあった。
Heaven 17はその波を乗り越えようとする中で、これまで以上に“ソングライティング”に焦点を当てた作品作りに挑んでいる。

結果として本作は、商業的には前作ほどの成功を収めることはなかったものの、バンドの“人間味”と“成熟”を音として刻んだ重要な転機となった。

全曲レビュー

1. Contenders

本作のリードシングルにして、エネルギッシュなオープニング・トラック。
“争う者たち”というタイトルが示すように、競争社会や政治的階層に対するアイロニカルな視点が込められている。
シンセとホーンの融合によるファンキーなビートは、ダンスフロアと社会批評を結びつけるHeaven 17らしさの継続。

2. Trouble

恋愛と信頼の揺らぎをテーマにした、スロウでソウルフルなナンバー。
“君が起こす問題（トラブル）”という繰り返しが、シンプルながらも感情のもつれを的確に表現。
グレン・グレゴリーのヴォーカルがここで最も哀愁を帯びる。

3. Somebody

“誰かが必要だ”というフレーズに込められた孤独感と切実さが響くバラード。
控えめなピアノとストリングスのアレンジにより、80年代的な大仰さを抑えた優しさがある。
個人的な感情の表出が、政治的発言よりも力を持つ瞬間を感じさせる。

4. If I Were You

パーソナルな視点から語られる仮定法的ロマンス。
“もし自分が君だったら”というフレーズが繰り返され、共感とすれ違いのドラマが展開される。
シンセの層は厚いが、リズムは柔らかく、歌詞の繊細さが際立つ。

5. Low Society

社会的“低層”をテーマにした、やや風刺的で硬質なトラック。
ホーンとリズムマシンのコンビネーションがグルーヴを生み、社会的メッセージがリスナーの身体感覚に訴えかける。
『Penthouse and Pavement』の精神的続編と見なすこともできる。

6. Red

情熱と怒り、あるいは政治的イデオロギーを象徴する“赤”をテーマにした野心的な曲。
メロディは美しく、アレンジはシンフォニックですらあるが、内包された緊張感は鋭い。
バンドの政治的意識が再び浮上する一曲。

7. Look at Me

“見てくれ”という直接的なメッセージが、自己表現と承認欲求という普遍的テーマを浮かび上がらせる。
楽曲自体はポップだが、アイデンティティの危機や自意識過剰の側面も読み取れる。
80年代的ナルシシズムのポートレート。

8. Move Out

リズムが軽快で、ダンサブルなポップ・チューン。
“出ていく”という言葉が、別れだけでなく自立や変化への一歩を意味している。
この曲では、音楽と感情が軽やかに連動しており、本作でもっともキャッチーな瞬間のひとつ。

9. Free

自由をテーマにした、穏やかで希望に満ちたクロージング・ナンバー。
“私は自由だ”というメッセージが、電子音ではなく暖かなコード進行とともに届けられる。
全体の中で最もリリカルで、アルバムを優しく締めくくる。

総評

『Pleasure One』は、Heaven 17がシンセポップの美学から“人間中心のソウル”へと軸足を移した、成熟と転換のアルバムである。
それは必ずしもヒットチャートを制するような作品ではなかったが、機械と肉体、政治と感情、メッセージとメロディといった彼らの内なる対立項が、より穏やかな形で和解し始めているように感じられる。

本作では、マーティン・ウェアの音響設計はやや後景に退き、グレゴリーのヴォーカルとソングライティングがより主役となっている。
これにより、リスナーはHeaven 17の“音”ではなく、“歌”により深くアクセスできるようになった。
時代の音としてはやや地味かもしれない。
しかしこのアルバムには、1980年代後半という変化の時代に、自らの場所を模索し続けた音楽家の誠実な姿が記録されている。